顔の法則97The low of face 97

 ■ 顔の批評2  ビートたけし カタリナ・ビット デーモン小暮 オルブライト米国務長官

ビートたけし

かなり以前、氏がホストのテレビのトーク番組があった。
ゲストの一人に政治家の江田五月氏がいた。
後に江田氏の印象を「貧相な顔しやがって〜」とボロクソにけなしていた。
その評価が当たっているのか、その後江田氏の影は薄い。

人のことをそこまでいう自身はどうかというと、なかなか風格ある。
大衆に迎合するキャラではないにも拘わらず、抜群の好感度を考えれば当然か。
どこかに魅力の片りんが見えなければ、高い支持は得られない。

シリアスな表情で写る映像ではなかなかりりしい。
ハリウッド映画にも出演しているが、十分絵になっていた。
事故で容貌が少し変化したが、それでも以前の面影を残している。

パンツは脱ぐ、事件は起こす、下品な発言に毒舌、と良識的でない言動が多い。
それでも人々から信頼されるのは、言動の裏に知性を感じているからであろう。

カタリナ・ビット

80年代の銀盤の女王は先頃来日し、健在な女性美を示してくれた。
現在プロの彼女が世界選手権、五輪の女王だった頃のドイツはまだ統一前。
東ドイツにも拘わらず、現役引退の情報が伝わると西側からスカウトが殺到。
西側商業主義が放っておかなかった。

ビット引退後の世界選手権を制したのが日本の伊藤みどり。
有色人種初の覇者であり、もっと評価されてもいい。

さてビット選手はなぜ優美なのか、最後に帰結するのは文化という他はない。
容姿や技術だけですべてを説明することは出来ない。
バレエなどの肉体芸術を生んだ文化が彼女を育んだ。

指先の動きや表情、すべて彼女自身の美のイメージの表れ。
フィギア・スケートという様式、形態で彼女の美意識が表現されている。
彼女は本質的に優雅な表情が身についているから演技の時も自然に表れる。

伊藤選手は小柄な体を利したジャンプ力で自分のスタイルを造って成功した。
もしビット路線を目指していたら結果は違っていただろう。

デーモン小暮

彼の奇抜なメークにコスチュームは個性的に見える。
だがロックファンならご存じと思うが、実は人真似に過ぎない。
彼とそのバンドはアメリカン・ロックの雄、キッスのコピーなのだ。

キッスを知らない人のために少し説明をしよう。
彼ら以前にグラムロックと呼ばれるスタイルがあり、特徴の一つが化粧しての演奏。
デビット・ボウイなどがその代表格。
同時にステージの演出も演奏以外に、劇的な要素などを盛り込む流れが生まれていた。
そういう時期に一際派手に登場したのがキッスだった。

奇抜なコスチュームに歌舞伎のくまどりのようなメーク。
(実際そこからヒントを得た)
口から血のりをたらし、火を吹く。ギターも煙を噴き、ステージには花火が炸裂。
派手な照明が交錯するスぺクタクルショーを、活きのいいロックにのせて演じた。
(歌詞にも悪魔が登場する。)
昨今のポップコンサートでは当たり前の派手な演出はキッスが生み出したスタイルだ。

話が本題からそれてしまったが、キッスを抜きにしてデーモン小暮は語れないからだ。
そのキッスがオリジナル・メンバーで復活、先頃来日公演を果たし、CMにまで登場。
彼も出ているから、いやでも本家と比較してしまう。

両者とも素顔が分からない濃いメークなのに、顔立ちの違いがモロに分る。
そして何よりも本題の表情の違いも一目瞭然。

彼のモデル、ジーン・シモンズのステージのパフォーマンスはすごい。
悪魔の形相で血のりをたらしながら長い舌を出し、横に回転して立てたりしてみせる。
表情もどんな形相も自在に作れる感じ。表情筋を鍛えなければ真似出来ない。

事実真似してはいるが本物には遠く及ばない。やはりこれも文化の違いだ。
彼にとっては辛辣な話ばかりだが、真似をした相手が復活したことが不幸だった。
今さら蘇るとは想像だにしなかったに違いない。

オルブライト米国務長官

女性としては米国史上、最高の地位に昇りつめた人だ。
何しろ今日唯一の超大国、パックスアメリカーナもまだ健在。
この国の国務長官がいかに要職であるかは世界中が知っている。

大物女性政治家と言えばサッチャー元英首相が浮かぶが、やはり似た点はある。
二人とも主婦業、育児などのかたわら学位を取り、高いキャリアを積み重ねている。
強い意志と能力がなければ出来ないことだ。

さて米国版サッチャーの顔だが、サッチャー女史の方が恵まれているようだ。
容姿に敏感な米国だけに、早速マスコミに勝手な憶測を報道された。

長官は「整形手術をするだろう。」
これは見栄えが悪いと言われているのと同じ。
本人にとっては大きなお世話に違いない。
要職だけに見栄えをよくして欲しい、という国民の気持ちを映した報道かも知れない。

歳を取るほど表情によって容色の衰えに差が出る。
彼女がけちをつけられるのも同様。
若い頃の写真を見ても、別段崩れた造作ではない。
外交官として活躍するなどキャリアを積んできたが、欧米人としてはよい方ではない。

本格的な活躍は離婚以後であり、仕事に没頭するあまり女を忘れた?。
初の悪い例の欧米人になったが、優秀な女性であることは間違いない。
国務省の廊下に飾られる彼女の肖像は、どんな誇らしいものとなるのだろうか。