顔の法則97The low of face 97

 ■ 顔の雑学4  故ダイアナ元妃 ダイアナ元妃後日談

故ダイアナ元妃 9/9

故人の話題、しかもこの時期だけに今さらという気もしますがあえて。

故人が美化されるのは世の常だが、夭折の元妃の偶像化ぶりはすごい。
衝撃の死と言えばJ・レノンやA・セナが思い浮かぶ。
前提として偉大な業績があるからだ。元妃にもあるのだろうか。

世界中に彼女のフィーバーを巻き起こした?。
だが人格を美化する根拠としては弱いので、持ち出されたのが慈善活動。
元駐日英大使によると他の王族より熱心だったそうだ。

英国人が彼女を偶像化するのは自由だが、日本のマスコミも煽っていた。
「世界に愛された」「世界が涙」といった台詞を並べた。
本当に泣いた日本人がいたのだろうか。

葬儀は「600万人が見送り、25億の人が注目」とすごい数字を並べた。
沿道の人の数が実際は数分の1だったのは、大した誤差ではない。
それよりも25億という数字を、大マスコミが疑いもせず上げていた。

誰が何を根拠に上げた数字か把握していたのだろうか。
世界人口の半数が注視することがありうると信じたのだろうか。
マスコミ関係者の見解を聞きたいものだ。

奇しくも元妃とも親交のあったマザー・テレサが葬儀の前になくなった。
二人が同列に扱われているが、両者の生き方には大変な隔たりがある。
かたや自らの女としての幸せは捨て、生涯の大半を人に捧げて天寿を全うした。
こなた大金持とのアバンチュールの最中に事故死。

ようするにお前は元妃を偶像から引きずり下ろしたいのか?。
と言われれば確かに、なぜこれほど美化されるのか理解出来ないのは事実。
それも日本の大マスコミが率先してムードを演出している。

マザー・テレサの死を隅に追いやり、ワイドショーなどはよくてふれる程度。
英国内でも同じ現象が見られたが、しかしそれを批判する新聞もあった。
さらに妃の偶像化に疑問を呈する新聞(タイムズ)もあった。

今年チェチェンで国際赤十字から派遣された5人の看護婦が、ゲリラに殺された。
それを知ってO・ストーン監督の「サルバドル」という映画が頭に浮かんだ。

派遣された慈善活動のシスター達をゲリラが強姦、射殺する場面があったのだ。
映画のリアリズムそのままの事件に衝撃を受けた。
母テレサ同様、彼女たちは使命感によって紛争地帯へ赴いた。崇高な死だ。
しかし日本のマスコミはほとんど話題にしない。

昭和天皇の大喪の礼では世界中の元首王族が参列、元妃の葬儀にはわずか。
F1はイタリアGP開催中なれど、哀悼の意を表したのは英国チームのみ。

また前夜はIOCの総会で2008年夏期五輪の開催都市が決定された。
最終候補5カ国の人々はそれが最大の関心事だったろう。
しかしこれも日本のテレビはほとんど報道しなかった。

大衆を煽るように幻想的数字を並べるマスコミとは一体何なのか。
この現象を批判する声が出てこないのは不気味だ。

まるで時事評論になってしまったので、本来のテーマに戻ろう。
なぜ元妃はこれほど話題になるのか?。
人格に根拠を求めるのは前述のように無理がある。
一つは欧州貴族の絢爛さ、ビクトリア女王の栄光を引き継ぐ王室の格。
もう一つは彼女自身の見栄え。それ以外の理由は考えにくい。

だが日本の雅子妃殿下も高い水準にある。容姿だけでなく頭脳も抜群。
だが世界ではそれ程有名でない。欧州ではほとんど知られていない。
実はこれも元妃美化に反発する理由の一つ。
「世界一の妃だ。」何て言われると他の妃に対して失礼だと思う。

ダイアナ元妃後日談 9/24

趣旨から外れた元妃の上記論評、しばしの時が経過した今外れついでの再考。

マザー・テレサが元妃の葬儀の直前に亡くなったのは皮肉だった。
その数日後のマザーの葬儀をマスコミがどう扱うのか注目してみた。
大体予想したとおりでトップニュースにはなったものの、わずか数分の枠。
民放では特番など皆無。ワイドショーはほとんど扱いもしない。
未だ元妃ネタを続けているにもかかわらず。

さすがにNHKだけは複数番組が組まれ、葬儀もBSで放送された。
ただしNHKの中継ではなく、米ABC放送の中継を録画した中継録画。
つまり米国では中継されたのに、日本のTV局はNHKですら行きもしない。

確かに天寿を全うしたマザーより元妃の方が衝撃的な死ではある。
だが日本のマスコミは、元妃だけを特別扱い。
だがマスコミばかり責める訳にもいかない。

民放は視聴率もスポンサーも確保しなければならない。
肝心の大衆が興味を持ってくれなければ、どんな価値あるものでも扱えない。
仮に特番で中継したとしても、妃と同程度の視聴率が取れたとは考えにくい。

NHKの番組は「今世紀最も尊敬され、愛された女性」と副題がついた。
元妃への賛美みたいだが、マザーの実像を知れば納得できるはず。
偉大な母といわれるが、修道女だから男、結婚、出産とは無縁だった。

男性遍歴を重ねた元妃とは対照的。
彼女の「神の愛の宣教者会」で活動する女性たちも同じ。
彼女たちの愛とは男女関係ではない。

また笑顔の大切さも理解していた。実践の中から学んだ知恵であろう。
「自分の気分が悪くてもとにかく笑いかけてあげなさい。」
絶望の淵にいる人々にとって、笑顔は愛そのもの。
当サイトの趣旨と重なるが、彼女の真似はとても出来ない。

彼女の業績、精神は今の日本人には耳が痛いだけで、興味を持てない?。
それより煩悩に満ちた生き方をした元妃の方が、大衆には理解しやすい。
果たして人々の心の中に永く生き続けるのはどちらであろうか。