身体美学98-99Fhysical Aesthetics

 美学の精神1999年

男の価値は身長?

女性が嫌う男性の容姿のワースト3はチビ、デブ、ハゲと言われている。
一方で長身は結婚条件、3高の一翼を占めるように男の価値の基本条件だ。
具体的数字まで上げ、それ以下は眼中にない(男じゃない)という女性もいる。

だが低身長は本人の責任ではないし、それが実質的に価値を左右するのだろうか。
社会的に、あるいは生物種としてこの風潮に問題はないのだろうか?。
科学的なアンチテーゼが示された事があるのだろうか。

小さな巨人

ある婦女暴行殺人犯が実感のこもったコメントをしていた。
「身長150cmでは女は誰も相手にしてくれない。」
確かに自分も彼と同じ身長だったら強く生きられたかどうか自信がない。

だが重量挙げの名選手、三宅義信氏(バンタム級)は彼とほぼ同じ身長。
されど犯罪者とは正反対の人生を歩んでいる。

氏は五輪3大会連続出場、成績は銀→金→金と連覇を含む輝かしさ。
自衛官の氏はその後もエリート街道まっしぐら、自衛隊体育学校の校長も務める。
成績が示す通り、氏は勝負強い事でも定評があった。
心理学者に彼の精神構造を調べてみたいと言わしめたほど。

連覇のメキシコ五輪では実弟義行氏も銅メダル。
表彰台では銀の外国選手と弟の手を取り、健闘を祝福するように差し上げた。
まさに小さな巨人の風格。日本男児の鑑だ。

この他ボクシングの具志堅用高氏(Jフライ級48kg)等小さな巨人は稀でない。
大柄な欧米人にすら存在する。
自動車レースの最高峰、F1で史上最多優勝のA・プロストも身長160そこそこ。
日本人と比較しても小柄だ。

最高峰だけにそのステータスは、日本のプロスポーツ選手も遠く及ばない。
例えばプロストの宿敵、天才A・セナの邸宅は自家用ヘリポートもある広大さ。
彼は自ら自家用ヘリを操縦、自宅から自分の所有する島へバカンスに出かけた。

日本選手も出場するようになったが、これまで3位入賞(鈴木選手)が最高。
それもセナとプロストが接触リタイアしたための繰り上げ当選だった。
プロストの偉大さが知れようというものだ。

小柄にもメリット

小柄な男性を男と見ない女性に聞きたい。
彼らにはそれ故に有利な点がある事を知っているだろうか。
或いは大きい事の不利を。

大柄の最大のメリットは、筋肉が大きくなる分瞬発力に優れている点。
一般的に大男が小男より強いのは、瞬発力に勝るからだ。
だがそれ以外に有利な点は意外にない。

基礎体力のもう一つの要素、持久力になると逆に大きさに反比例、不利になる。
さらに素早さ、反射神経、身の軽さなどことごとく不利、まさにウドの大木?。
小柄はそれだけ有利な点が多い。ただし貧弱で小さいのは別。

人体の各器官の能力は大きさに比例している訳ではない。
例えば体重200kgの力士が、50kgの人の4倍の心肺能力がある訳ではない。
車体重量は25%でもエンジンの出力は50%あるかも知れない。

だとすれば50kgの人の方がエンジンに余裕がある事になる。
それが持久力の差となって表れる。
実際、陸上長距離系種目の選手は、男子でもほとんど50〜60kg台である。
この数字は大柄な欧米人を含め、人類共通だ。

持久力だけでなく、丈夫で長持ちという点でも小柄な方が有利だ。
統計はないと思うが、大男よりは小柄な方が長生きの確率は高いと考えられる。
長生きしている人達の体格を見れば明らかだ。

遺伝子の戦略という、根源的な次元で見ても小柄には存在意味がありそうだ。
品種改良が進んだ犬は、種によって極端に大きさが違う。
> つまり体を大きくする遺伝子だけが選択されていったら、人類は大型化する。

絶滅した恐竜の例もあるように、大きければいいというものではない。
人類の基本設計、生理的仕組に適合した合理的サイズがあるだろう。

それは前述の長距離系選手の平均的サイズかも知れない。
環境問題や省エネを考えると、むしろ小型化の方が望ましいとすら思える。

大柄と小柄の両遺伝子が共存してこそ、適合サイズが維持されるのではないか。
専門家の意見を聞きたいものだ。
結論として、身長にこだわる女性は自ら未来の可能性を小さくしている。