身体美学98-99Fhysical Aesthetics

 美学の精神1999年

天皇の軍隊 陸軍編

日露戦争は近代以後、東洋人が白人に対して初めて優位に立った戦いだった。
この戦の講和を仲介したのは他ならぬ米国。(講和会議の場は米国ポーツマス)
米国は講和後まもなく、「オレンジ計画」というプロジェクトを発足していた。

その目的はただ一つ。
日本の大国化をいかに封じこめるかという戦争を念頭においた戦略構想だ。
日米開戦(太平洋戦争)の36年も前に、すでに重大な仮想敵国と位置づけていた。

大平洋を挟んだ二つの力の衝突は、運命づけられていたのかも知れない。
実際その後の日本への対応は、極めて厳しいものだった。
日系移民には露骨な迫害をした。

では戦う相手として日本人をどう見ていたか。
日本兵は栄養状態が悪く、病気になりやすい。だがよく訓練されている。
肉体的には劣るが単純には侮れない。大国ロシアを圧倒した実績がある。

かたや日本はどう見ていたか。
自分達の体位体力が劣る事は当然自覚していたが、そこは精神主義の民族。
訓練をしっかりすれば、後は精神力でアングロサクソンを上回れると考えた。
両者の認識はある意味では当たっていたが、互いに甘い部分も多かった。

兵士の肉体条件

普仏戦争で一方的に敗北したフランスは、プロイセン軍との体力差を感じた。
以後体育教育に熱心になったという。

他方モンゴルの騎馬軍団はかつて、ユーラシア大陸の大半を征服した。
現代ではスポーツで抜群の身体能力を見せるスラブ系民族も、歯が立たなかった。
しかしモンゴル人は我々と同じモンゴロイド、基礎体力が秀でていた訳ではない。

近代戦は重い弓を引く訳でもなければ、重い甲冑をつける訳でもない。
強い肉体は兵士の基本条件だが、それは必ずしも腕力を意味しない。

むしろ持久力や身の軽さ、運動神経といった要素が重要。
つまり理想的な兵士の肉体はプロレスラーよりは、マラソンランナーに近い。
野球で言えばスラッガーより攻走守、三拍子揃った選手だ。

アクションスター、A・シュワルツェネガーは屈強な兵士もはまり役の一つ。
だが彼の肉体は持久力や身軽さでは不利であり、映画の設定は現実的ではない。

精強で名高い米海兵隊では定期的な体力テストがあるが、内容は上記項目と合致。
持久走のタイムや鉄棒の懸垂の回数、反復跳びの時間内回数等だ。
持久走は持久力、懸垂は体を支える力と身の軽さ、反復跳びは反射神経の目安。

東洋人と欧米人の体力差は主に瞬発力、持久力のマラソンでは日本も結構強い。
ましてや身の軽さは小柄な方が有利だ。
さらに組織的、集団的行動は日本人の最も得意とするところ。

日米の戦闘でそれは実証された。小柄な日本兵は、大柄な米兵に遜色なく奮戦した。
(ヨーロッパ戦線でも米軍の日系部隊が勇敢な活躍をし、称賛されている。)
最終的には米軍に圧倒される事になるが、敗因は体力差とは無関係だった。

最大の敵は大本営の無知

日米の陸軍は南太平洋の島々で死闘を展開した。
交戦して日本兵の質の高さを米軍は思い知らされる。
すでに制空権も制海権も米軍の掌中、補給もままならない日本軍。
貧弱な装備、飢えや病気に悩まされながらも頑強に抵抗した。

鬼神の気迫で夜襲をかければ米兵を圧倒できる。大本営の甘い認識だ。
実際戦力差を補うためにも、夜襲は作戦として多用された。
悪条件にも屈せず、闇の中から死を恐れず突撃してくる日本兵。
確かに米軍にとっては不気味で恐ろしい敵であった。

だがそれからがアングロサクソンの底力の見せ所となった。
日本軍の戦術を見抜くと当時のハイテク赤外線スコープを実用化、機関銃に装着。
以後夜襲をかける日本兵を待ち受けたのは、相手が見える機関銃の銃口だった。
その後の戦いの悲惨さは涙なくして語れない。

密林で眠る英霊達

テーマから外れるが、マスコミで語られる事もないので悲惨な話をついでに少々。
主な島々が陥落していくと、その他の残存する守備隊の救出もできなくなった。

置き去りにされた兵士、部隊、傷病兵等があちこちに存在した。
陥落後も終戦を知るまで、孤立無縁のゲリラ戦を展開した少数の部隊もある。
彼らの不屈の戦いぶりを、最も称賛したのは他ならぬ米軍だった。

戦後は国内ですら日本軍は残虐非道、野蛮な強姦魔のごときイメージがある。
だが国のために身を捧げた、優秀で誠実な兵士が多かったのも事実。
悲惨な戦いを強いられた上に、後世の同胞から冒涜を受けるとしたら悲しい。

日本政府は戦後、置き去りの日本兵を救出する活動を長く続けた。
だが成果は小さかった。規模が縮小されていく中で発見されたのが横井庄一氏。
形の上ではさらに後の小野田少尉が、最後の日本兵という事になっている。

だが生きていればまだ存在するはずなので、その後も民間組織が活動を続けていた。
さすがに今世紀も終わる今となれば、熱帯の密林で人知れず朽ち果てているだろう。
祖国の繁栄、太平楽など知る事もなく。

皮肉にも今は日本人の観光地となっている悲劇の地が、いくつもある。
薬師寺など仏教関係者によって、現地で慰霊法要が継続的にも執り行われている。
日本人観光客は遠巻きに眺めるだけで、合掌する人もいないと関係者が嘆いていた。

金髪で半ケツ出して歩く日本女性を見たら、英霊達はどう感じるのだろうか。
彼らの霊は浮かばれるのだろうか。