身体美学98-99Fhysical Aesthetics

 美学の精神1999年

天皇の軍隊 海軍編

日本は島国でも鎖国政策が長く続いたので 海軍の基盤がなかった。
海軍を創設するに当たっては、近代的海軍を持つ欧米列強に頼る他はなかった。

明治政府が選択したのは女王陛下の海軍。
ビクトリア女王の元、七つの海にユニオンジャックをはためかせた当時最強の海軍。
勿論、後に同じアングロサクソンの米海軍と戦う事になるとは知る由もなかった。

ゼロからの導入だったために、軍艦から文化に至るまでそっくり輸入。
それこそ食事の献立まで。従って洋風メニューが多かったようだ。
レディファーストも同様、海難救助は女性を必ず優先する事が教育された。
実際男女が混在している場合、女性の救助が完了するまで男性は無視された。

制服も陸軍よりあか抜けた印象がある。海軍の将校はさぞ女性にもてたのでは?。
それはともかく海軍の方がスマートなイメージがあったのは確かなようだ。

陸軍育ての親、政界の元老、山県有朋と日露戦争の英雄、東郷元帥は同時期に逝去。
両者の葬儀には際だった差が出た。
東郷の葬列は見送る市民で沿道が埋めつくされたが、山県の方は閑散としていた。

戦後も陸軍悪玉、海軍善玉のイメージがある。
陸軍の顔はA級戦犯の東条首相、海軍は戦争を望まなかった悲劇の提督、山本元帥。
これでは勝負にならない?。でもこの見方は少し単純過ぎるだろう。

陸軍と海軍は政治的ライバルだったが、政争では常に海軍が負けていた。
山県の呪縛が死後も解けなかったのか、常に陸軍が主導権を握っていた。
もし海軍の方が強かったら、またイメージは変わっていたのかも知れない。

日本人は目がいい?

欧米人の日本人イメージの一つにメガネがある。
ところが日本人の方が視力が優れているという説もある。特に夜目が利くという。

夜襲を好んだ陸軍のように、なぜか海軍も夜戦を重視した。
近代の海戦は先に敵を発見した側が断然有利、特に夜戦は決定的だ。
そのための訓練が徹底された。

実際米海軍より夜目が利いたのは事実らしい。驚異的な視力だったようだ。
でも今の日本人を見ると特に目がいいとは感じられない。やはり訓練の成果か?。
人の視力は訓練でそれほどよくなるものなのか。専門家に聞きたいところだ。

ところが時代は空母による航空戦に主体が傾いていた。
それでも戦局が激しくなると、艦隊同士の直接対決も起きた。それも得意の夜戦が。
まさに腕の見せ所、ソロモン海域での夜戦では米海軍を圧倒、主力艦を次々と沈めた。

だがそこはアングロサクソン、やられたらやり返す?。
後のガダルカナル近海での夜戦では、米艦隊は互角以上に奮戦、死闘となった。

日本も戦艦二隻失うなど深い傷を負った。もはや夜戦はお家芸ではなくなっていた。
米艦隊は高性能な新型レーダーで敵の位置を捕捉、正確な砲撃を加えていた。
肉眼対レーダーの戦いだった訳だ。

最大の敵は大本営の無知

日米の陸軍は南太平洋の島々で死闘を展開した。
交戦して日本兵の質の高さを米軍は思い知らされる。
すでに制空権も制海権も米軍の掌中、補給もままならない日本軍。
貧弱な装備、飢えや病気に悩まされながらも頑強に抵抗した。

鬼神の気迫で夜襲をかければ米兵を圧倒できる。大本営の甘い認識だ。
実際戦力差を補うためにも、夜襲は作戦として多用された。
悪条件にも屈せず、闇の中から死を恐れず突撃してくる日本兵。
確かに米軍にとっては不気味で恐ろしい敵であった。

だがそれからがアングロサクソンの底力の見せ所となった。
日本軍の戦術を見抜くと当時のハイテク赤外線スコープを実用化、機関銃に装着。
以後夜襲をかける日本兵を待ち受けたのは、相手が見える機関銃の銃口だった。
その後の戦いの悲惨さは涙なくして語れない。

昼間に星を見た荒鷲

目がいいのは水兵だけではなかった。<
飛行兵、特に戦闘機乗りの視力も驚異的だったようだ。
空中戦もやはり先に敵を発見して、敵より高い高度から迫るのが有利な態勢。

具体的にいうと、昼間の空に星を見る訓練をしたという。
一等星のような明るい星なら、人の視力は昼間でも見る事が可能らしい。
優れた視力ははるか彼方で、星の光ほどのわずかな敵影の反射を発見可能だった。

視力抜群の搭乗員が操る零戦は、旋回性能の優れた名戦闘機。
大戦当初は歯が立たず、「雷雨と零戦は避けて通れ」 と米英軍に言わしめた程。
だがそれで引き下がるアングロサクソンではない。
やがて新戦術を編み出す。それが一撃離脱法。

軽戦闘機の零戦に対して、重武装を施した重戦闘機を開発。
大馬力エンジンで、重い機体ながら高速も実現した。ターボエンジン機もあった。
そう現在自動車エンジンでも使われるターボチャージャーは、元々航空機用の装置だ。
空気の薄い高度でも馬力を落とさないために開発され、B29などに搭載された。

一撃離脱法は高速で敵機に接近、機銃弾の雨を浴びせてはまっすぐ飛び去る。
まともに空中戦をやらないヒット&アウェー戦法だ。
防弾対策も厚く少々の被弾はどこ吹く風、一方の零戦はすぐ火を吹いた。
陸軍同様戦略のまずさも重なり、優秀な荒鷲達は次々と海の藻くずと消えていった。

そして最後は特攻隊だ。生きていれば花も実をある青年達が散っていった。
海軍もまたその末路は涙なくして語れない。

結論として陸軍も海軍も戦略で負けていた。
兵士の体力や精神力の問題ではなかった。