身体美学 概論Fhysical Aesthetics introduction

身体編2001-2003年

コンプレックス2

同一性や個性は、他者との比較においてのみ確認できる。
当シリーズの初回で書いたとおりだ。
劣等感は他者より劣ることが確認されて起きる感情。
したがって比較する対象によって変化する。

小柄な民族にまじれば、自分が大きく立派に感じる。
体格のいい民族とでは、逆に自分が小さく感じる。
自分は同じでも対象次第で、優越感にも劣等感にもなりうる訳だ。

日本人は有史以来、基本的に単一人種。
周辺地域も同じ人種だから混血も起こりえなかった。
日本人が異人種及び異文化に、本格的に遭遇するのは明治以後だ。

歴史的にはまだ最近の話。
元々日本文化は外国(大陸)からの影響なしには考えられない。
しかしそれまでの外国は、上記のようにあくまで同じ人種。
文化や美意識が元々似ていた。

明治の日本人が目の当たりした西洋文明は根本から違う。
当サイトのテーマである美意識や、肉体観もその一つ。
西洋人の体格、さらに彫刻や絵画もカルチャーショックだった。
芸術で表現される肉体の量感、美しさに圧倒されてしまう。

日本にも仏教美術や浮世絵など、優れた芸術はある。
だが肉体の造形自体を美として表現したものはない。
そこに美を見出す概念自体が存在しなかったからだ。

新しい美の概念を知ることによって、自分達の弱点も見えてきた。
自分の姿を概念に照らしてみると、基準を十分満たしてはいなかった。
新しい美への目覚めは、一方で新たな劣等感を生むことになる。

美とは調和

日本は西洋列強の帝国主義および人種差別と戦っていた。
若き明治天皇は、りりしい軍服姿で日本各地を積極的に行幸した。
その演出には明治政府の西洋への対抗意識が働いていた。

天皇の立派なお姿を、日本のシンボルにしたかった。
ご真影には西洋人に負けない日本人、という意志が凝縮されていた。
しかし一方で西洋に憧れも感じていた。
(そもそも天皇の軍服姿も元は敵の文化、美意識に他ならない。)

欧化つまり日本の文化を西洋化すべきだという考えも生まれた。
近代化を進めたい政府もそれを方針として取り入れた。
西洋と対等になるための一つの手段という側面もあった。
西洋化はブームとなった。日本の欧米化の源流がそこに生まれた。

あちらの文化はハイセンス、ハイカラというイメージが刷り込まれた。
ハイカラという造語もまさに西洋的を意味する、この時代に生まれた俗語。
文化風俗はもとより、果ては国際結婚による人種改良論まで唱えられた。

この時代を象徴するものが鹿鳴館だ。
設計は英国人、建築様式はルネサンス風、万事が欧州の貴族文化そのもの。
西洋人を含む上流階級の紳士淑女が集う、華やかな社交場となった。
首都の夜を彩る不夜城のごとく、舞踏会がさかんに催された。

しかしその華やかさも本物にはなりえなかった。
文化は土壌ができていない所に持ってきても、簡単に根づくものではない。
政府高官や華族たちの多くは、にわかに社交ダンスを習ったに過ぎない。
その夫人や娘たちもなれない洋装束髪が、どれほど板についていたことか。
(当時の日本女性はまだ着物が普通で、洋服になじみがなかった。)

服飾文化も基本が違う。
洋装は肉体を美しく見せることが基本、つまり肉体的美意識が基礎となる。
それを持たない日本女性に体の線を露にする発想、感性はない。

基礎が刷り込まれていない日本人は、基礎から造らなければならない。
姿勢や体形から改善する必要があったはずだが、されたとは思えない。
表情美の基本も同様、結局西洋の猿真似の域を出ていなかった。

当然の帰結のように、鹿鳴館の賑わいも長くは続かなかった。
皮相的な欧化主義の軽薄さを批判する声が、国内に強まっていった。
歴史上の鹿鳴館時代はわずか四年で終焉した。

その後の鹿鳴館は、絢爛豪華な装飾も空しくさびれていった。
所詮徒花であって実は残さなかった。
しかし欧米崇拝という源流が、日本人の意識の水面下に流れ始めた。

時代はくりかえす?

日本は列強に屈することなく独立を守り、アジアで唯一近代化を成功させた。
明治は輝かしい時代だったと言えるが、鹿鳴館は汚点だ。
誇り高い先人らしからぬミスには、現代に通ずる教訓が潜んでいる。

鹿鳴館での過ちは、欧州貴族の絢爛さを形だけ真似したに過ぎないことだ。
美の本質についてなど何も考えていなかった。
だが残念ながら日本人は何の教訓も学んではいない。

歴史はくりかえすように、鹿鳴館時代の構図は現代にもそのまま見られる。
欧米の文化風俗が日本社会に氾濫している。

例えば信仰とは無縁なのに、クリスマスは主要な行事の一つになっている。
クリスチャンの祭事とは別物なんだと考えればいいのかも知れない。
でもご丁寧に「メリークリスマス」何ていわれたら、もはや理解不能。

同じく信仰とは関係なく教会で結婚式を挙げ、知らない賛美歌を歌う。
(歌うというより歌わされる。)
料理は味も食べ方も分からないフランス料理とくる。(値段も高い。)
それでも誰も疑問に思わない不思議。
さらにバレンタイン、果てはハロウィン等ととどまるところを知らない。
実例を上げていったら切りがない。

一方で和服文化は衰退の一途、風前の灯となっている。
鹿鳴館が日本女性に洋装が広がるきっかけになったとも言われる。
歴史はつながっているということだ。

さらに文化の根幹を成す言語にも及んでいる。
日本語が乱れる一方、横文字が氾濫し、英語教室が一大産業になっている。
英語や仏語は憧れの言語ということらしい。

日本は深い歴史と伝統文化を持った先進経済大国である。
二十世紀では白人の支配構造に風穴をあけ、有色人種の地位を上げてきた。
なぜ今さら欧米文化に追随しなければならないのか。

現代の欧米化は裾野の広い大衆レベルだけに、鹿鳴館時代をはるかにしのぐ。
それでも批判の声など一向に出てこない。出てきたと思えば外国人からだ。
「なぜ日本人は自国の文化を大切にしないのか?。」
「なぜそれほど欧米を真似したがるのか?。」

理由は単純明快、あちらの方がかっこいいと感じているから。
美感覚の問題であって深い意味などない。
それは劣等感の裏返しでもある。
憧れの裏には日本人および日本文化はダサイという意識がある。
だから伝統的な文化でも、簡単に見捨ててしまう。

容姿への最高の賛辞は、今でも「日本人離れした〜」である。
即ち白人的だという意味だ。
日本人的であるより、白人的である方が誇らしいということだ。

克服は可能か?

前回のテーマでもあるように、容姿に起因する劣等感は根深い。
経済力で圧倒しても、欧米に対して今一つ自信を持てない。
「人は容姿ではない。」
などと精神論を言っていても、いざ欧米人を前にすれば気後れする。
本物の金髪美女を前にすれば、魅了されてしまう?。

欧米人の側も日本人の容姿にいいイメージは持っていない。
今だに猫背に出っ歯、細くつり上がった目だ。
日本では世界三大美女の一人が、小野小町だと勝手に決めている。
だが欧米人は小野洋子は知っていても、小野小町など誰も知らない。
世界に通用しない俗説だ。

近年で在任中の人気が最も高かった首相は誰か、中曾根首相だ。
氏が最も存在感を発揮したのは国際舞台だった。
国際舞台での堂々たる姿を国民は誇らしく感じ、少し自信を持った?。
見劣りする姿になれた国民にはひときわ新鮮に映った。

鹿鳴館時代の日本はまだ西洋に追いついてもいなかった。
今は危機に直面しているとはいへ、米国に次ぐ経済大国。
かなりの部分で欧米をしのいでいる。
それなのになぜコンプレックスを克服できないのか。

結局やっていることは鹿鳴館時代と大差ないのだ。
形だけ真似して同じになったような気でいる。
でもけっして同じではないから、欧米人を前にすると違いを感じる。

ここからが核心だが、彼我の差はけっして単なる人種的な違いではない。
日本人(東洋人)の弱点は、少なくとも半分は文化的要素に起因している。
だから日本人だって欧米で育った方があか抜ける。
それだけ改善できる余地も大きいのだ。

三船敏郎やブルース・リーは欧米人が憧れるスターである。
立派な先例があるのだ。しかし今のままでは変わらない。
鹿鳴館から百年一日のごとく変わっていないのだから。