身体美学 概論Fhysical Aesthetics introduction

身体編2001-2003年

コンプレックス3*勇気ある?大使の告発

日本人が欧米文化に憧れるのは、あちらに魅力がある証拠でもある。
言い換えれば洗練された美を感じられるからだ。
実際、現代日本人が持つ美のイメージの多くはあちらがルーツ。
例えば女性の憧れる花嫁姿は、今やウェディングドレスが一般的であろう。

憧れの文化を真似したいのは自然な欲求だ。
日本人が自前の美で対抗できない限り、欧米化は止められない。
しかし単純な美への憧れだから、本質までは追求していない。
キリスト教文化も単なるファッションとして真似しているだけ。

敬けんな信仰など無縁、クリスマス、バレンタインなど享楽的である。
クリスマスイブに男女がホテルでディナー、宿泊、何の脈絡もない。
洋風の舞台で、洋画に出てくる恋人たちを演じているのかも知れない。
それ自体他人がとやかくいうべきことではない。

ただ絵になるかどうかについては言わねばならない。
映画のシーンが優雅に見えるのは、基礎的条件が満たされているからだ。
美しい横顔、手足の長い体形、美しい姿勢等など。
それが舞台に溶け込んで絵になる。

役者がその基準から外れるほど、舞台から浮き上がることになる。
日本人が背中丸めて、ワイングラスを傾けても絵にはならない。

しかし和食だと猫背も気にならない。
畳の上での食事なら、何の違和感もなくなじむ。
(畳の生活が猫背の一因という説もある。)

通はそばを飲むようにすする。(それも一つの文化だが。)
だが通の食べ方と言われても、日本人でも積極的には真似しない。
一つには見た目が上品に見えにくいからだ。

特に口元がゆるい(東洋人には多い)人は非常に汚く見えやすい。
東海道中膝栗毛にこんな描写がある。
弥次北のでこぼこコンビが、コイの滝登りの絵を見た時のセリフ。
「コイがそーめん食べているのかと思った。」

このセリフを連想させる人がいる。
口元の感じが、コイがそーめんを食べているように見えるのだ。
遠目だと口からサナダムシを出しているようにも見える?。
その上猫背で音を出してすする姿は、日本人の目にも優雅には見えない。

寿司などをほおばる時も、同じことが言える。
タコをほおばる姿は、タコの天敵ウツボに見えなくもない。
あるいはマンガのタコの口にも似ている。
寿司は洗練された料理だが、食べる姿が下品に見えては粋でない。

日本人はその点無頓着で、当てはまる人もたぶん自覚していない。
(自覚していたら改善しようとするのでは。)
恐らく欧米人の方がそういうことは敏感に感じるだろう。

そばや寿司を食べる姿は欧米人の方が優雅、ということも十分ありうる。
これは食文化の問題ではなく美意識の問題だ。

表情の問題とも根はまったく同じ。
基本ができていない日本人は、崩れやすくきれいな形を作れない。
それが食べる動作に表れただけである。
基本のできた欧米人は、食べ慣れない寿司であっても汚くなりにくい。

寝顔も同じ理由で日本人には汚く見えやすい人が少なくない。
寝顔は普段の表情から容易に予測できるが、たぶん本人は自覚していない。
横顔も同じ理由で同じことが言える。
基本ができていなければ万事に悪影響を及ぼすのだ。

正論は思考の停止?

日本人は世界一不細工な民族だ、と主張した本が話題になったことがある。
著者は*某大使、外交官として世界を見てきた体験から書いたもの。
当然日本人から反発が出て、著者は大使をクビになった。
他の東洋人も同じだから、日本人が世界一は確かに誇張であろう。

「どの人種にも美形の人もいれば、不細工な人もいる。」
これは識者の典型的な反論である。確かに正論だ。

白人が皆映画に出てくるような美男美女だと思ったら大間違い。
不細工な白人、美意識の欠落した白人などいくらでもいる。
だから劣等感を抱く必要はない、という結論になる。
だがこれでは以下のような根本的な疑問の答えにはならない。

では何人であっても水準は同じなのか。
反論した人は劣等感を感じていないのか。
外国人は日本人を同じ水準だと見ているのか。
なぜ日本人は欧米に憧れるのか。
なぜ日本人は世界ではなかなか通用しないのか。
なぜ有色人種は差別されてきたのか。

問題の本が勇気ある問題提起だったことも否定できない。
本や著者を抹殺しても、問題が消える訳ではない。
事実にふたをして、ないことにしているだけだ。

識者たちは次のように捉えているのかも知れない。
彼我の違いは遺伝的に決められた不変なもの。
だとすれば改善しようという発想が出てこないのも分かる。

嘆いてもどうにもならないから、正論を根拠に慰めている?。
あるいは改善されつつあると認識しているのかも知れない。
実際は不変でもなければ、劇的な改善も起きていない。

上記項目で日本人、日本文化の弱点を具体的に上げた。
それは遺伝子より多分に美意識の問題であって、改善も可能だ。

結局正論は思考の停止に他ならない。
同胞の起こしたせっかくの問題提起も、同胞ゆえに潰された?。
過激過ぎたにしても、外人から「黄色いサル」と言われるよりはましだ。
言われないにしても、そう思われていたら同じことだ。

精神論は通じない?

劣等感はあくまで内なる問題。
それより実際に外国人の目にどう映るのかがより重要だ。
仮に劣等感なくても、相手の目に貧相に見えるなら自信も意味がない。
むしろ実体のない自信などない方がいい。劣等感感じる方が健全だ。

世界は友好的な人ばかりではない。人種的差別も歴然として存在する。
日本が先進大国だからといって、差別から免れるほど甘くもない。
容姿、見栄えはどこへ行っても人を判断する基本材料になる。
日本的な精神論など通用するはずもない。

そもそも白人の有色人種に対する優越意識は、容姿も根拠の一つだった。
それだけ美に対して敏感であり、こちらが無頓着であってはならない。

某紙の記者の英国での体験が新聞に出ていた。
レストランで家族と食事をしていたら、白人の子供が近づいてきた。
すると記者の息子の顔を指さして言った。「うわー、変な顔!」
彼は後で息子を慰めるのに苦慮したという。

こういう話もある。
ある日本人がドイツの動物園で、檻の中のサルを見ていた時の話。
飼育係らしき男が彼を見て話しかけてきた。
「このサルは先日日本人が見ていたら、突然興奮して暴れ出した。」
と言われたが、その時は意味がよく分からなかった。
後でよく考えてみたら、サルは日本人をライバル、つまりサルと認識した?。
ようするに飼育係に侮辱されたらしい。

日本の世界的スター、三船敏郎は請われて欧米の映画に出演した。
戦中派の彼は、強い対抗意識で日本人のイメージを上げようとした。
だが他の日本人が貧相なら、彼の力だけではどうにもならない。
彼自身は欧米人の方が憧れるという、稀有な実例にはなったが。

「米国へ行くとすごくモテる。」某女性タレントが言っていた。
確かに欧米で日本人は人気がある、というまことしやかな説がある。
だが根拠もなければ実証されたこともない。

某女性タレントの体験はこう考えるべきではないだろうか。
日本女性は欧米人に憧れているから、やさしくすれば簡単に引っかかる。
推測の域は出ないが、それを勘違いしているのでは。
もちろん当人が本当に魅力的ならば、本物だろうけど。

今や誰でも海外に行ける時代になった。
行くなら日本人のイメージを下げないでもらいたいものだ。

美の三重構造?

東アジア諸国に日本文化が浸透している。
だが純日本文化を除く美のルーツは、大半が欧米文化。
日本化というより間接的な欧米化であり、いわば文化の三重構造だ。
日本社会が持つ文化的な問題点は、そのまま東洋の問題でもある。

*当時(昭和44年)アルゼンチン大使だった河崎一郎氏。
本のタイトルは「素顔の日本」以下は問題部分の概略。
日本人は人類の中でピグミーやホッテントットを除けば最も不細工だ。
不細工の内容も具体的に書かれていた。