身体美学 概論Fhysical Aesthetics introduction

表情編2000年

美醜

人が自我、アイデンティティを確立するには、様々な葛藤を従う。
それは天から与えられた自我の基盤、出自、性、社会的帰属等の認知から始まる。
その過程で大半の人は多かれ少なかれ、受け入れがたい現実に直面する。

人格の一部とも言える容姿も大きな問題になる事が多い。
精神主義で肉体的美意識の希薄な日本人とて、例外ではない。
恥知らずなオバタリアンでも、思春期の頃は容姿を気にした事があるはずだ。
女を忘れたような人でも、衆目に曝されればやはり容姿を気にする。

俳優の片岡鶴太郎氏も思春期の頃、顔に思い悩んだという。
えら呼吸できそうなアゴがいやで、泣きながらハンマーで叩いた事があるそうだ。

人は自我の確立と共に、自分が不細工か美形か認識を確定していく。
認識は客観的事実からずれている事も少なくないが、正反対になる事は少ない。
まっとうな神経の持ち主なら、他人の反応で分かるからだ。

美とは調和

多くの日本人は精神主義でありながら、魅力は造形美そのものだと考える。
異性にもてるのは美男美女であり、もてないのはブス、ブ男と観念的に信じる。

造形美とは造形バランスの調和である。
調和を感じるのが美男美女、乱れを感じるのが不細工。
世に存在する多くのブス、ブ男は皆、造形の乱れが原因なのだろうか。
実際はそれほど単純ではない。

誰の目にも明らかに見苦しい不細工は、大半が表情の崩れを従っている。
貧相や下品に見える人の大半は、表情や姿勢にも乱れが見られる。
造作以上に表情の崩れで不細工と感じさせている事も十分ありうる。

表情の形の中にも調和の原理が働いているのだ。
表情が崩れる人は、美形であっても長い間には悪い影響が出る。
よい形を作れる人は、造作にもよい影響与える。

きれいに老ける人と、汚く老ける人は何が違うのか?。
しばしば生き方がどうのとか精神論、抽象論が言われる。
だが真実はもっと単純、よい形を作れる人は崩れにくい。
作れない人は崩れやすい。人格や生き方とは直接関係ない。

いかに崇高な精神の持ち主であっても、崩れりゃ下品に見える。
したがって表情を見ればどう老けるかかなり正確に予想できる。
だが劣等感を持っている人の多くは、造形がすべてと信じている。
劣等感に思い悩んだ末、美容整形手術を受ける人も今は多い。

しかしそれ自体が魅力を生み出すことはない。
ただし美容整形を否定している訳ではない。
本人にプラスになる可能性がないとは誰にもいえない。
それに表情が大切と言っても、問題をすべて解決できる訳ではない。

誰の目にも明らかな造形の崩れは確かに不幸を生む。
手術をした方がいい人も存在するだろう。
だが不細工と自覚する人の多くは十人並みの範囲内だ。