身体雑学20

 ■ 身体美学の姉妹編、雑学的な内容

妖女伝説 川島芳子 *妖しいきらめきと狂気

彼女は清朝王族の王女の一人として生まれた。
しかし幼くして清朝が崩壊、一家は北京を逐われる。
父、粛親王は信頼する日本の国士、川島浪速に愛娘を養女に出す。
(東洋で唯一近代化に成功していた日本は、先進の教育環境にあった。)

娘は幼くしてすでに強い個性を発揮していた。
父は王子たちより彼女に将来性を見ていたらしい。
こうして日本人、川島芳子の数奇な運命が始まる。

時は昭和の初頭、大陸に日本の青年がロマンを抱いた時代である。
成長した芳子は清朝再興の夢を胸に大陸に雄飛する。
時に軍服に身を包み、軍馬で荒野を駆け、私設の軍隊まで率いた。
軍閥や馬賊、匪賊が群雄割拠、男でも危険な地で神出鬼没の若き王女。
劇的な舞台に、劇的なヒロインの出現だった。

しかしやがて夢は無残に潰えていく。そして銃殺刑という壮絶な最後。
悲劇的ではあるが、ロマンチックな伝説ではない。

数年前に日テレの番組「知ってるつもり」で彼女を特集していた。
番組の基調は悲劇のヒロイン風だった。(その方が都合がいい?)
悪い日本軍に利用されたあげく見捨てられた、と。
ゲストの某女優は日本軍を「許せない!」と怒っていた。

だが芳子を知る人が見たら、「悪い冗談はやめてくれ」と言うだろう。
あの右翼のドン、笹川良一をして「怖い感じの女」と言わしめている。
こちらの方がはるかに実像を物語っている。

日本軍に利用されたのは事実だが、一方的に利用された訳ではない。
日本軍に依存し利用しようとしていたのはむしろ芳子の方だ。
彼女はよく言えば天衣無縫、人を恐れず男にも奔放だった。

男装し、宝塚の男役のごとく男言葉を使い、男として生きようしたほどだ。
駄目な男は眼中にないが力のある男には一変、雌猫のように女を武器にした。
激しい一面を見せたかと思えば、気まぐれに甘える。

男は翻弄されながらも、妖しい魅力のとりこになる。
最初の結婚では相手(蒙古の英雄の息子)に失望、体も許さないまま見捨てた。
いくつかの証言では、小柄な体だが妖しい色香に満ちていたという。
真偽は分からないが、とりこになった男たちがいたのは事実らしい。

映画「ラストエンペラー」にも芳子は登場、レズシーンを展開する。
皇帝溥儀の正室が寝室でアヘンを吸っていると、男装風の芳子が入ってくる。
ラリッて宙を見つめる正室の足をなめ始める。
これはベルトリッチ監督の創作による演出であろう。事実とは思えない。

関東軍の有力な将校、将軍たちには隙あらば子猫のようにすり寄った。
実際当時の満州で活躍する大物には、何らかの関わりを持った者が多い。
時に愛人関係にもなり、泣く子も黙る関東軍の威光をバックにつけた。

だがやがて先行きに限界が見え、色あせてくると狂気が露になっていく。
大平洋戦争が始まる頃には夢も遠ざかり、中年にさしかかっていた。
今度は若い男を漁るようになる。自分にふさわしい華のある俳優などを。
断ったら何をされるか分からない。
目をつけられた男は恐怖におののいたという。

大戦が終結すると一切の後ろ盾を失い、国民党政府に逮捕される。
中国人でありながら日本軍と手を結び、協力したという罪だ。
国籍は日本だが認められず最後は銃殺刑、東洋のマタハリと言われる所以だ。

芳子の魅力の正体とは?

マタ・ハリは美貌と肉体美を持っていた。男装の麗人と言われた芳子はどうか。
男装の写真を見ても小柄できゃしゃな体は、肉感的な存在感は弱い。
表情もいくつか見た写真の中には、日本人型の特徴が出ているものがある。

肉体美、表情美の持ち主だったとは考えにくい。
言われる色香は、肉体性が薄いだけに抽象的観念にならざるをえない。
セクシーではないが色気はあったというところか。

芳子の場合、男装がかえって女を感じさせたのかも知れない。
常識的な服装や態度でいたら、特に目立つ人ではなかったと思われる。

日本赤軍の重信房子もイメージとして美女の存在感があった。
舞台が女を際だたせているということも考えられる。
芳子の妖艶さは性格的な個性と、演出の成せる技ということになろうか。
今風にフェロモンといえば簡単だが、主観に依存するので科学的ではない。

正気と狂気が同居?

芳子は自分にジャンヌ・ダルクやエカテリーナ女帝をイメージしていたようだ。
軍馬にまたがり、自ら手兵を率いたのは前者の姿。
次々と男を愛人にし、手なずけようとしたのはまさに後者のパターン。
結果的に先人を踏襲できたのは、ジャンヌと同じ処刑死だけだった。

確かに悲しい運命ではあるが、簡単に悲劇では説明がつかないのが芳子。
正気なのか狂気なのか、男っぽいのか女っぽいのか、常人の頭を混乱させる。
後年側にいた人物の証言だと、最後はペットの猿だけに心を許していたらしい。
この話だけ聞くと上記「知ってるつもり」の芳子像になる。

だがそんな甘い気分も吹き飛ぶ、正反対の話もある。
若い頃、子猫を人目もはばからず振り回したあげく海に投げ込んで殺している。
乙女の所業ではない。親戚でもあるあの西太后と共通する狂気を感じさせる。

唯一救いを感じさせるのは処刑に臨む彼女の態度。
きわめて潔よく立派だったと言われている。

女は生に執着が強く、処刑を免れようとあがく事が多いらしい。
マリー・アントワネットは断頭台を逃げ回ったという説もある。
清朝の王女としての誇りを最後に守ろうとしたのか。

処刑後にも伝説。
芳子の銃殺死体は写真で公開されたが、銃弾で顔がつぶれていた。
芳子だとは確認できないために、生存説が後々まで噂された。
死してなお人を幻惑するのは芳子らしいと言うべきか。

付録

話題の多い人物なので長くなりついでのおまけ。

満映のスター女優、李香蘭(後の参議院議員山口淑子)は芳子と正反対だった。
中国人が日本人として活動した芳子、日本人が中国人として活躍した李香蘭。
芳子同様日本に協力した罪を問われたが、日本人である事を認められ命拾い。
奇妙に一致する立場のこの二人にはさらに奇遇な接点があった。

芳子が十代の頃(さすがにまだ純真な乙女?)、初めて恋した青年将校がいた。
彼は後に満州で活躍、李香蘭のよき支援者となっていた。
親しかった事情通の中国人が彼に忠告した。

「破れても初恋の人は女にとって特別、気をつけた方がいい。」
芳子が嫉妬に狂って何をするか分からない、という意味だった。
かつて恋い焦がれた人が、自分より美しい女優と親密なのは許せない?。

やがて彼は左遷のあげく、こじつけのような容疑で軍法会議に付される。
大半の容疑が立証されなかったにも拘わらず、実刑判決で獄についた。
きっかけは愛人の密告だが、芳子も動いていたと憶測された。真相は薮の中だ。
彼は終戦から数年後、山口淑子宛の遺書を残して自殺している。

怪奇な伝説はまだある。
彼は満州時代にある中国人から自殺を予言されていた。
女が原因で自殺し、死体は犬に食い荒らされると。
山中で発見された彼の死体は、首が野犬に食いちぎられていたという。