身体雑学21

 ■ 身体美学の姉妹編、雑学的な内容 2001年以降 

カール・ルイス *スター伝説2 五輪の申し子

陸上スプリント系種目は、男女共に美しい体形の持ち主が多い。
男子の場合、スマートなボディビルダーという感じの選手が多い。
元々体格の優れた素材が、さらに筋力トレーニングで鍛えるからだ。

だがルイスの体はスリムだった。筋力〜を取り入れなかったのだ。
(選手時代の末期では、衰えをカバーするために取り入れた。)
ナチュラルな筋肉が彼の思想だった。
実際ナチュラルな肉体は、美しく力強く躍動した。
彼が最も愛した走り幅跳びのフォームは、美しさでも随一だった。

「ナチュラルな体ではルイスに勝てない。」
カナダのベン・ジョンソンは、ロス五輪でルイスに圧倒されて確信した。
彼は成功を夢見て、中米から渡ってきた貧しい青年。
恵まれた環境で育ったルイスとは、生い立ちからして対照的。

やっと手にしたスポーツ選手の地位に、絶望的な壁が突きつけられた。
夢見た富も名声も、銅メダルでは得られない。
以後ベンの情熱は、「打倒ルイス」にすべてが注がれた。
やがてスリムなルイスの前に、筋肉の鎧をつけた体で立ちふさがった。
ナチュラルな肉体とあたかもサイボーグの対決だった。

レースはベンが勝ったが、違反が発覚して結果的にルイスが勝利。
ベンは最悪の形で人生に敗れた。
ルイスに勝つためには他に選択肢がなかった。
彼の最大の悲劇はルイスと同じ時代に生まれたことだ。

だがベンだけではない。マイク・パウエルも同じ理由で悲劇の名選手だ。
彼は幅跳び専門だが、トラックと掛け持ちのルイスにどうしても勝てない。
彼もまた意地と名誉にかけて、打倒ルイスにすべてをかける。

そしてついに違反なしで正真正銘の勝利者となる。
舞台は世界陸上東京大会。彼はルイスと世紀の名勝負を演じる。

幅跳びの世界記録は空気抵抗の薄い高地での記録。
三十年以上破られず、平地での更新は不可能にも思われた。
ルイスはパウエルとのデッドヒートの中、ついに不滅の記録を超えた。
ルイスの勝利が決まったかに見えた。
だがパウエルはクライマックスでそれを上回る世界記録を出した。

偉大な世界記録保持者として歴史に名を残すことになった。
しかしこの偉業で運と潜在力を使い果たしてしまった。
再び彼がルイスの前に立ちはだかることはなかった。

ルイスは五輪で勝ち続け、四連覇の偉業を果たす。
パウエルにとってアトランタ五輪が、最後にして最大のチャンスだった。
衰えの目立つルイスは何とか幅跳びだけ出場権を得た。
もはやルイスの時代は終わったと思われた。

ところが本番になると、最後の輝きを放つかのように復活。
早々と好記録を出し、パウエルにプレッシャーを与える。
動揺した彼は足首を痛めてしまう。

絶望的な最後のジャンプは跳べないまま砂に突っ伏した。
そのまま辺りに響くような嗚咽を洩らしていた。
偉大な世界記録保持者は、ついに五輪王者になれなかったのだ。
二つの悲劇はいずれもルイスの偉大さを示している。

ドーピングとルイス

若き無敵のヒーロー、ルイスは強さ故にドーピングの疑いをかけられた。
嫌疑が晴れても自尊心は傷つけられた。以後自らその汚染について調査。
実態を把握すると共に、反ドーピングの推進派となった。

予想以上に蔓延していた。
実はベンがやっていることも、突き止めていた。
ソウル五輪での世紀の対決で、勝ったベンに彼は握手を求めに駆け寄った。
もちろん本当に祝福する気などあるはずがない。

「汚い手を使って勝った気分はどうだい」、という皮肉が込められていた。
神に対して何のやましさもなく、自分はベストを尽くした。
彼は負けても晴れやかな気分だったと述懐している。

実はベンばかりではない。
ソウル五輪のヒロイン、フロレンス・ジョイナーもクロだと確信していた。
ルイスは彼女を軽蔑、彼女の出る競技会には出ないと公言していた。

同五輪でドーピングが発覚したのは、ベンだけはないという説もある。
だが国の政治力の差で、ベンが貧乏くじを引かされたという説だ。
(大会の主役を総崩れにはしたくないという配慮の結果?。)
カナダより力があるといえば米国、即ちジョイナー?。真相は薮の中だ。

筆者もルイスの見方が最も正確だと思っている。
全盛期のはずの五輪直後に突然引退、三十代で急死、死因も非公開。
ジョイナーにはあまりにも不可解なことが多すぎる。

なぜ今それを書くかと言えば、時が真実を語るからだ。
記録は破られるためにある。
ベンの抹消された世界記録でさへ、すでに破られている。
走り幅跳びの大記録も、高地という特殊要因があったからだ。
しかしそれすらも三十余年で破られた。

年月を経ても誰も近づくこともできない記録などありえない。
人間業ではないことになる。
ジョイナーの記録は、すでに異常さを示している。

現在のトップ選手達の記録ともかけ離れているのだ。
無敵のスーパーヒロインと言われるM・ジョーンズさへ遠く及ばない。
当の選手達は誰もジョイナーの記録を信じていないであろう。

このままではジョイナー自身、安らかに眠れないのではないか。
できるなら歴史から抹消してあげるのが、一番幸せなのでは。

結局ルイスだけが同時代の栄光を独り占めした観がある。
しかし彼にはそれにふさわしい精神と実力と美学があった。