身体雑学21

 ■ 身体美学の姉妹編、雑学的な内容 2001年以降 

新解釈?今昔物語

説話集、今昔物語は俳句のように、物語りが簡潔な文に凝縮されている。
緻密な舞台設定や描写はあまり見られない。
そのために現代訳は、おおむね現代風な脚色がつけられている。

ここで取り上げるのは、捨てた妻の亡霊と一夜を過ごす男の話。
よく知られた話なので、ご存じの読者も多いかも知れない。
あらすじは以下のとおり。(筆者の脚色もあり)

今は昔、男は妻と先のあてもなく、貧しい生活をしていた。
妻は気だてのいい女だが、貧しく身寄りもない身の上だった。
そんな男に千載一隅の出世の機会が転がり込んだ。

そのために家柄のいい金持ちの娘と結婚しなければならない。
男は先行きのない境遇から抜け出すために、やむなく妻を捨ててしまう。
(ここまでは四谷怪談に似ている。)

男は遠く離れた地で首尾よく出世する。
しかし野心は満たされたが、ハッピーとは言えなかった。
金持ちでわがままに育った妻は、前の妻とは比べるべくもない出来の悪さ。
月日が経つほどに、前の妻が恋しくなっていった。

やがて思いは限界点に達する。男は前の妻の元に向かった。
妻ははたして元気でいるだろうか。何日目かの夜、ついに家に辿り着く。
しかしあたりはすべてが闇の中に沈んでいた。

月明かりに浮かび上がった家は、見るからに荒れ果てている。
人の気配もない。絶望的な予感が走る。
だがよく見ると奥からかすかに明かりがもれている。

男は夢中で声をかける。すると夢にまで見た妻が奥から現れた。
男だと分かると帰ったことを喜び、責めることもなく迎え入れてくれた。
妻は姿も性格も昔と変わっていなかった。

男は妻を捨てて以来、忘れていた幸せなときを過ごした。
妻を傍らに、夢見心地で眠りについた。
やがて日の光を感じた男は、夢から覚めるように目を覚ました。

朽ち果てた屋根から日光がさし込んでいた。
その異様な情景に眠気もふき飛び、あわてて隣の妻に目をやると。
そこにあったのは、白骨化した妻の亡骸だった。

その後の妻は嘆き悲しみ、やがて病気になるが看病する者とていない。
人知れず病死、弔われることもなく放置されていたのだ。
(亡霊と愛のときを過ごすというのは、怪談牡丹灯籠にも似ている。)

物語の意味

さてこの物語がなぜ美学と関係あるのか。
他でもない。話の設定から表情美がビシバシと浮かび上がってくるのだ。
わがままな妻にうんざりしている男の脳裏に浮かんだものは何か。

前の妻の優しい笑顔であったろう。
彼女の存在感、人格の象徴として男に刷り込まれているであろうからだ。
きつい女のひきつった表情とはまさに菩薩と夜叉の違い。
それが最後には男を引き寄せた。

この物語を筆者が知ったのは小学生のとき。
最も強く記憶に残っているのは、前の妻(亡霊)と再会する場面。
荒涼とした闇の中に一筋の明かり。そして優しい笑顔を浮べた妻の姿。

その情景が翌日のクライマックスよりもリアルに浮ぶ。
男の頭の中にある妻のイメージが、そのまま表れている。
あたかもマリア様が降臨する場面にも似ている。

光の中から聖母が現れ、微笑をたたえたやさしいまなざしで語りかける。
一般的な聖母降臨のイメージである。

今昔物語は簡潔な描写に終始するだけに、意味を解釈するのは難しい。
どうにでもとれるとも言える。

美学の視点からも上記のように、本質的なテーマを含んでいる。
即ち表情美、言い換えれば尊厳が女の価値であると。
最後は家柄も美貌も関係ない。原作者の意図ではないかも知れないが。

男は最後にそれを悟ったが、時すでに遅かった。
結局一番大切なものを失ってしまった。物語の最大の教訓だろうか。

ところで妻の亡霊はなぜ男を許し、やさしく受け入れたのか。
まだ美学など目覚めていない筆者の琴線にもふれた、象徴的な場面だ。
それが妻の人格の本質だからであろうか。

江戸以降の怪談なら、うらめしや〜と怨念の形相で出てくるはず。
代表格である四谷怪談は、ストーリーまで似ている。
本当にインスピレーション受けているのかも知れない。
(今昔物語は近代の作家にも題材を与えている。)

今昔物語には怨念から悪霊になった女の話もある。
だがこの物語から女の怨念は見えてこない。少なくとも日本人には。

しかし欧米人には違って見えるようだ。
欧米の女性はこの物語を、捨てられた女の復讐と感じるらしい。
最初は美しい姿でもてなしておいて、最後は白骨となって男の前に現れる。
男に最大限の恐怖を与えるために、と。

日本人の感覚では、復讐するとしたら亡霊となって相手にとりつく。
まさに怪談のパターンだ。
欧米人にはそういう発想がないからかも知れない。(悪霊はとりつくが)

補足

子供のとき読んだ記憶では、男は地位も捨てて妻の元に帰った。
だが原文からはそれが読み取れない。筆者は古文には疎いので。
ということで上記あらすじは、不明な設定は省略している。

こまかいところで間違いもあるかも知れない。
詳細に知りたい人は、原文または現代訳されたものを読んでほしい。