身体雑学21

 ■ 身体美学の姉妹編、雑学的な内容 2003年以降 

ミスコン幻想2

ミスコンやオーディションなどで、応募者の数が格とされることがある。
〜千人、〜万人から選ばれたクィーン、アイドルと。
単純に考えると、多い方が水準が高くなるように思える。

実際は数と質に確たる相関関係はない。
ミスコンの水準を決めるのは、あくまで出場者の質と審査員の審美眼である。
出場者の質が高ければ百人から選ばれたクィーンでも水準は高い。
低ければ百万人から選ばれても前者以下かも知れない。

数が質を保証しないことは現実が証明している。
十万人から選ばれた元アイドルがいる。
もちろん不細工ではないが美女というほどでもない。
美を磨くための訓練はほとんどされていない。

芸能界で生き残ったのはバラエティ番組で活躍しているからだ。
アイドルだったことは今は笑いネタとしか思えない。
そこらのOLと何も変わらない。むしろ勝っているOLも多いのでは。

因みに欧米にも実力ではなく、商業的に造られたアイドルは存在する。
オリビア・ニュートンジョンなどが代表格だ。
清楚で健康的、愛らしい美女といった万人向けのイメージが造られた。

しかし彼女は今でも基本的な美のイメージは崩していない。
シドニー五輪開会式にゲストとして登場した四十代の彼女は美しかった。
表情もチャーミング、すでに過去の人であるが汚くはなっていない。

十万人という数には重みも意味もないのだ。恐らく百万人でも同じだ。
結局数をいくら増やしたところで、潜在的水準以上の結果は出ない。
百人から選んでも大した差は出ないかも知れない。

十万人と言えば、国民的美少女コンテストも同じ数字を掲げていた。
この場合も本質はまったく同じ。十万人も国民的も空虚な看板だ。
出てくる結果は凡百のミスコンと大差はない。

優勝者の多くはその後タレントになっている。
だが腐るほどいるタレントの中に埋没して、区別はつかない。
元国民的美少女であることを知っている国民が、どれだけいるだろうか。

インドが近年クィーンを量産しているのも人口とは関係ない。
人口が多くてもミスコンを目指す人口が多い訳ではないからだ。
庶民の多くはおしゃれに金をかける余裕を持たない。
人口が関係あるなら中国が一番有利なはず。

クィーンの量産国、コロンビアやベネズエラの人口は少ない。
しかも同国の生んだクィーンの多くは白人系。
ミスコンを目指す人口は人口規模よりさらに小さいのだ。
ここでも数との相関関係は存在しない。

ミスコン荒しの真実

ミスコンのやたらと多い日本的な現象である。(バブル崩壊後は急減。)
一人が多数のミスコンに出場、優勝をさらっていくことだ。
この現象にも日本の構造的問題がかいま見える。

それが出来るのだからすごい美女なのだろうと思える。
しかしやはり問題はそんなに単純ではない。
傑出しているならなぜもっと上の大会を狙わないのか。
恐らく本人が一番その理由を自覚しているであろう。

彼女はプロなのだ。
自分の水準を知っているし、美の磨き方も演出の仕方も知っている。
プロの出場が少ないミスコンなら相手の多くは素人。
違いを際だたせることは難しいことではない。

素人でもすごい美人なら勝てるのでは、と思う人もいるかも知れない。
ないとは言えないが可能性は低い。素人は基本が十分できていないからだ。
にわかに練習したところで、訓練されたプロとの差は一目りょう然。

審査する側が素人のおじさんたちでも認識できるだろう。
美しく立ち、歩き、優雅な身のこなしなど基本的なことはできている。
体形も訓練でそれなりに磨かれている。
さらに演出の技術で造形をより美しく見せることもできる。

同じ日本人なので素材に大きな差がある訳ではない。
訓練の行き届いたプロと素人の差が出ているだけだ。

しかしそのプロも世界に出れば、単に基本ができているに過ぎない。
陸上のトラック種目で五輪の標準記録を出した段階だ。
標準記録はあくまで出場するための最低ライン。

そう言えば国民体育大会、国体は国民的美少女コンテストに似ている。
(体育協会に怒られるかも知れないが。)
国内最大の祭典のはずが、国民の注目度は極めて低い。
熱心なのは開催県くらいで限りなく看板倒れ、形骸化している。

恐らく米大リーグの方が注目度高いのではないか。
テレビの扱いもNHKの教育が昼間放送する程度。
日本人が日本の国体を見下している?。

多くの競技が世界とは離れた水準で争われているのだから無理もない。
国民的美少女も普通のタレントになるのがオチで、ミスユニバースには遠い。
形骸化故なのか近年は開催休止が続いていた。(今年は久しぶりに復活)

補足
今年の国体は開催県が優勝できない記念すべき大会となった。
開催県が必ず優勝する方が異常なのであって、望ましい傾向だ。
形骸化がこれ以上進んだら存続すら危うい。