身体美学 Fhysical Aesthetics

身体美学 雑記帳 2000年1〜12月

重信容疑者の変貌 【11/13】

彼女のイメージはカリスマ性に満ちていた。
世界を舞台にした革命運動の指導者。
現代のジャンヌ・ダルクが如く、美女でもある。(イメージとしては。)

筆者も報道でいつも使われる写真に、美女のイメージを刷り込まれてきた。
それだけに現実の彼女との落差に驚いた。「ただのおばさんじゃないか!」
これは筆者に限らず、大半の日本人が受けた印象であろう。
実際大きく変貌もしているようで、よく知る人ですら別人に見えたらしい。

つまり汚くなったということ。逆に言えば美女であったのも事実らしい。
若い頃の写真にははっきり彼女の美意識が見てとれる。
なのになぜ?。
繰り返し流される連行場面で笑顔など表情がしかと確認できた。
ただの日本人型だ。ただのおばさんになるのも無理はない。

表情学的にはなるべくしてなったと言える。
ただ変貌が激しすぎて、それだけでは説明しきれそうにない。
美意識を維持できなくなるほど、内面的に変化が起きているのだろう。
人の容貌がいかに後天的に変化しうるかを示す好例でもある。

五輪小ネタ集 【10/2】

表情が一番目立つのは新体操

新体操の演技はやたらと笑顔が多く、違いがいやでも目立つ。
若きヒロイン、カバエワ及び体操の「新妖精」は共に表情美も高水準。
(新妖精はメダルをはく奪されたが。)
日本の関係者の皆様には、そういう違いを認識されることを切に願う。

誇大報道、とどめの一発。1万m弘山金なるか!

マラソン優勝で日本人がトラック種目でも通用すると思った?。
トラックでは勝てないから、皆マラソンに転向するという構造を知らない?。
五千mでは全員予選落ちした事も知らない?。

ライブの司会者は、弘山選手が周回遅れになるとアクシデント発生と解説。
レース後何もなかったと分かると、今度は調整の難しさをこじつける。
本人が調子はよかったと言っているのに。
ロルーペ(5位入賞)のように、マラソンと両方出場した選手だっている。

入賞の可能性ならともかく、優勝などまともな頭では考えられない。
弘山選手他3名の日本選手は、決勝進出だけで健闘だと言える。

前回金1個の英国浮上

アトランタでは大英帝国の誇りもずたずた。国民から怒りの声が上がった。
3個の日本も人事ではない。日本は柔道に救われているだけに過ぎない。
今回だって5個中4個が柔道。英国は悲しいことに柔道に該当する競技がない。

だが今回は11個獲得で面目を保った。サミット参加国で日本の下はカナダのみ。
カナダもまた柔道に該当する競技がない。
人口比、GDP比で考えれば、日本はぶっちぎりの最下位だ。
スポーツ大国ドイツも不振だったが、それでも日本のメダル数の3倍近い。

女子以上の成績でないと、男子はかすむ?。

今回は女子の活躍が目立ち、史上初めて獲得メダルが男子を上回った。
しかし男子がいくら活躍しても、誰も女子と対比したりはしない。
つまり目立つこと自体、従来それが少なかった裏返しに他ならない。

これまでの獲得メダルが、男子の一割に過ぎないことがそれを物語る。
男女がすでに同水準で活躍している欧米先進国に、近づきつつある兆しか?。
一大会だけではまだ断定はできない。

速報?五輪開会式 【9/16】

世界の諸民族の文化、美意識が凝縮されて一まとめに見られる唯一の機会。
という事で入場行進はほとんど通して見た。

日本の衣装はその時まで秘密という事なので、斬新さに多少の期待はあった。
その割にはただ色が派手なだけというのが正直な実感。
マスコミ以外のことでけちをつけなければならないのは残念だが。
日本の入場行進で見るべきものはなかった。

陽気で華やかな欧米諸国と比較すると、何だか葬列のようにも見えた。
聖火を点火したアボリジニの選手の表情が、欧米人型だったのも印象深い。
彼女が欧米文化の中で育ったことがそれだけで分かる。

会場内での聖火リレーを務めた元選手の女性達は皆中年以上。
しかし汚いおばさんはいなかった。グールドは今でも美人だった。

その点はオリビア・ニュートンジョンも同じ。
彼女はマライヤ・キャリーなどと違い、育てられた(作られた)アイドル。
日本のアイドル歌手に近いが、四十代になった今も美しい。
アイドルだったことが笑いネタになる日本の元アイドルとは大違い。
表情も立ち姿も美しく、絵になっていた。

欧米の選手の中にモデルのような金髪美女も数多く見られた。
日本の街角でよく見かけるだらしない顔した金髪と、本物はやはり違う。
これらは皆、文化の違いを突きつけられていると言える。
ただ日本人自身が気がついていないだけだ。

トルシエ監督と岡野会長 【6/23】

時の人、トルシエ監督に強く感じる事は、やはりフランス人らしい美意識。
前の人とか、とかく日本人の監督はダンディーな人が少ないだけに目立つ。

スーツの着こなしなど日本人の関係者は見習ってほしい。
NHKの久保純子アナに仏語でインタビューされた時、彼女の手にキスをした。
さすがにそれも堂に入っていた。(それは見習わなくていいけど)

マスコミを飾った岡野会長とのツーショットは、特にその差が際だった。
典型的な日本人型笑顔の岡野会長、欧米人型の監督。絵に書いたような対比だ。
若い選手達にはおしゃれな人も多いようだが、それでも監督には勝てない?。
選手も監督もおしゃれな欧米なら、トルシエ監督が特に目立つ事はないだろう。

南北首脳会談の顔 【6/17】

極東アジアの世界的ニュース?、歴史的会談?。
それはさておき二人の元首を見て改めて強く感じた。
体型や歩き方など日本のおじさんとまったく同じ、人種が同じ事を。

しかし民族性は大きく違う。
協調性を尊ぶ集団主義の日本人とは逆に自己主張が強く、むしろ欧米人に近い。
南北会談だって初期の頃は、互いに激しくなじり合うばかりだった。

それほど民族性が違うにも関わらず、表情の作り方がまったく同じ。
笑い方も同じ、言語が違うのに話し方も同じ。まるで鏡を見ているようだ。
人種的に、文化的に根が深いところでつながっている証。

欧米人の真似をする日本人を見ると、根が違うことを痛感するのと対照的だ。
同じ事が中国人にもいえる。
多少の違いはあるが、東南アジア系にも当てはまる。

美の競演?ヒンギスvsピエルス 【6/10】

コスチュームが派手な割には、華やかなイメージの薄かった女子テニス界。
ナブラチロワはバイセクシャルな女男?。
美人といわれたのはクリス・エバートくらい?。

ところが最近はアイドル風選手も登場したりと、なかなか華やか。
若き女王ヒンギスは半ケツがグラビアネタになったりと、女の魅力?も十分。

全仏オープンでのヒンギス対ピエルス(ピアース)戦は華やかだった。
テニスファンではないが、ピエルス選手に強く美を感じていたので見た次第。
けっしてヒンギスの半ケツが目的ではない?。

つぶさに見た印象はやはり美しい。完ぺきな八頭身、姿勢、立ち姿。
ギリシャ彫刻から抜け出た女神のよう。ヘレニズムの理想を見る思いだ。
時折見せる笑顔も理想形。次元が違う。それでスポーツの才能もある訳だ。

CM(アクエリアス)で黒人のテニス選手の美しい肉体が表現されている。
ピエルスと対戦すれば、タイプの違う美の競演となるだろう。

雄の機能、役割 【5/9】

趣旨から外れるが、マスコミでは指摘されないと思うのであえてこの話題。
例のバスジャック事件で、逃げた男性乗客について。
残された女性乗客の危険を考えず、自分だけ助かろうとした。

武士なら当人の切腹だけではすまされない、末代までの恥となる行為だ。
事件に遭遇したのは不運だが、この行動に対する代償は生涯負うべきもの。
雄が雌を守ろうとするのは、雄の本能と考えられる。
それに類する行動が、多くの動物種に見られるからだ。

例えば捕鯨では、雌にモリが打ち込まれると雄がそこに集まる現象が起きる。
雌の悲鳴に異変を感じた雄が、助けようとして寄ってくるからだ。
(水中では音が遠くまで届く。この現象は雄では起こらない。)
捕鯨船は一網打尽で雄たちを捕獲できた。

群れのボスが雌を守ろうとしないとどうなるか。誰もボスと認めなくなる。
雄の体が雌より強くできているのは、雌より速く逃げるためではない。
女子供を盾にする犯人といい、人類は雄の本能を失ってしまったのか。
そのくせセックス産業は繁栄している。

もう一つ肝心なこと、だらしない肉体では雄の役割は果たせない。
機動隊がヒーローに見えるのは、雄の原理を果たしているだ。

ある白人男性の日本人女性評 【3/13】

これはある白人男性(英国在住の英国人)が発行するメルマガの内容。
彼がこれまで関わった日本人女性との交友録、そこから得た日本人女性観。
日本人にはあまり愉快な内容ではない。

以下はある号の内容。
多くの日本女性は、日本人男性より白人男性の方がかっこいいと思う。
彼女たちは白人男性に対しては、非常に積極的かつ献身的になる。
彼はそんな日本人女性にしばしば辟易させられる。

彼女たちの恋人になる白人男性は上等な男が少ない。
もし日本人男性が同じレベルだったら見向きもしないのではないか。
白人女性は一般的に東洋人男性に魅力を感じないので、逆の現象は少ない。

この内容にかつて白人ロックスターに群がった日本のグルーピーを連想した。
果たして日本人女性が愚かなのか、それとも日本人男性に魅力がないのか?。

迷走?成人式 【1/15】

衰退しつつある和服文化が、こつ然と街に花開く成人式。
日本人の横並び意識を絵に書いたような光景だ。およそ個性とは無縁。
民族衣装、伝統文化と考えればそれなりの意義がないとは言えないが。

だが金額が高すぎる。
着る機会がほとんどないならレンタルにでもしたらどうか。
そのためにだけ、衣装ををそろえる空虚さ。似合うという保証もないのに。
という理由で成人式を虚飾の式典と考えていた。

だが最近の若者は頭が柔軟で、振り袖一辺倒ではなくなりつつあるらしい。
一方最近成人式の話題というと、厳粛な式をぶち壊す出席者のマナーの悪さ。
塩田丸男氏が若者を甘やかしてきたつけだと憤慨していた。本当だろうか。

恐らく彼らも葬式であれば厳粛にしているだろう。
社会人の人はすでに大人の生活をしているし、大学生はその後も学生。
形骸化した儀式の典型のようにも見える。
若者はそれを敏感に感じているだけかも。