身体美学 Fhysical Aesthetics

雑記帳 2004年1〜6月

■ 例年通り?ミスユニバース 【6/20】

 今年のミスユニバース世界大会が先頃開催された。
優勝者はオーストラリア代表。2位が米国代表。
それ以下の上位入賞者は中米、南米系で占められている。

まったくパターン化された例年どおりの結果に近い。
中米、南米系の中に欧米系が一角を占めるといった構成。
ほとんどやらなくてもわかる結果?。
どこが水準が高いかもう分かりきっているのだ。

陸上の短距離で黒人が上位を占めるのと似ている。
話題性もないからかマスコミ報道もいたって地味。
アフリカから優勝者が出たときは話題を呼んだが。
その後はまたいつもの形に戻ったというところだ。

そういえばかつて日本でも外国系のクィーンが出たことがある。
米国人と中国人の混血なのだが、国籍が日本だったので国内大会に出場。
見事優勝、ミスユニバース日本代表になった。

さすがに世界大会ではいい結果が出なかったが。
でも水準の高い素材だったのでその後芸能界入り、活躍した。
彼女は今どうしているのだろうか。

■ 現代の魔女狩り 【6/14】

政治家の年金未納問題はまさに現代の魔女狩りに発展した。
魔女狩りを煽動したのはマスコミ。そのマスコミ側からも未納者が出た。
天につばを吐くとはこのことだ。一時的な出演自粛などまさに茶番。

政治家に徳目を求めるのは八百屋で魚を求めるようなもの。
と言ったのは無骨で実直な秦野章氏。(元警視総監、法務大臣)
根が正直な氏は嘘臭いきれいごとが嫌いだったのだろう。
そういえば未納の発覚した筑紫哲也氏はこの発言を批判していた。

いったい世の中のどこにそんな清廉潔癖な人間がいるというのか。
例えば交通違反をしたことないドライバーが日本に何人いるだろうか。
交通違反などむしろ序の口、厳密には軽犯罪くらいは皆犯しているだろう。

例えば警察官や教師でも風俗にもいけば買春だってする。
特に変態的な風俗には聖職関係の客が多いとも言われている。
また教師の児童や生徒への性的犯罪が多いのは世界共通だ。

秦野氏は控え目に政治家だけに特定していたが本当は皆同じ穴のムジナ?。
科学技術は進歩しても人間自体は魔女狩りの時代から進歩していない。
神や自然に対しては現代人の方がはるかに傲慢不遜である。

■ シラク大統領の存在感 【6/8】

シラク仏大統領は当サイトでも常連に近い話題の主。
もちろんもっぱら氏のダンディズムの水準の高さが話題の中心だが。

当サイト最初の企画は「有名人の顔の批評」、その第一号が時の橋本首相。
そこですでにシラク氏のダンディズムを称賛していた。
(たまたま来日していてその姿を目の当たりにしていたからなのだが。)

核実験を強行したとき、日本のマスコミは暴挙だと正義の怒りを叫んでいた。
直後に中国も便乗して核実験をした。すると急に正義の怒りはしぼんだ。
あのときほどマスコミの正体を見たと感じたことはなかった。

その後シラク氏の存在感は上昇の一途。
今やEUの顔、欧州の底力の象徴となってきた。
常に中心、氏を抜きにしてEUは動かないといった観さへある。
英国のブレア首相でも脇に回る。(米国よりだから気が引ける?)

先日のDデー60周年記念式典ではその存在感を世界に見せつけた。
ブッシュ米大統領、エリザベス英女王他16カ国首脳の中で主役だった。
圧巻は近衛兵を配置した花道をブッシュ大統領と並んで歩く場面。

71才にして見事な立ち姿、姿勢美。
ブッシュ氏が脇役に、貧相に見えるほどの千両役者ぶり。
欧米人とは言え、あれだけの美意識の持ち主が実力も兼ね備えた例は稀有だ。

 

最後に補足するが、筆者が氏を称賛したのはあくまでダンディズムに対して。
今日の活躍を予見していた訳ではない。

■ 命の尊さの嘘? 【6/2】

 少年の凶悪(殺人)犯罪が起きる度に教育が問われる。
命の大切さや心の教育が必要だとか毎度のように。
だが問題の本質がそんなことでないのは明らかだ。

日本の戦後民主主義はむしろそれに徹底していたと言える。
軍隊は人を殺す集団だからと自衛隊を長年差別してきた。
その結果ハイジャック事件の際、テロリストに無条件で屈伏した。
そのとき福田首相は言った。「人一人の命は地球よりも重い。」

だが国際社会からはひどい軽蔑を受けた。
といって福田首相だけを責めるのも酷だ。背景に世論があるからだ。
犠牲者を出すよりは無条件降伏の方がいいという社会の空気が。
その証拠に「人の命は〜」に疑問を呈する意見はほとんどなかった。

この理想論は現実離れしているだけではない。神を否定している。
大地(地球)は神のものであって人の物ではない。
婉曲に人間が一番偉いと言っているのに等しい。

「なぜ人を殺してはいけないのか。」話題になった究極の疑問だ。
実際に子供から素朴な疑問として発せられたということになっている。
だが疑問の真意は違うようだ。

人は他のたくさんの命を殺しているのに、なぜ人だけがだめなのか。
つまり真意は命が大切だといいながら、なぜ他の命は殺していいのか。
人の命だけが尊いという意味なのか、ということらしい。

マスコミは真意を省いて、センセーショナルに伝えたということだ。
そしてその部分だけが独り歩きした。
そりゃそうだ。子供だってそんなバカな質問する訳はないのだ。

狂牛病や鳥インフルエンザでも大量の命の無残な姿が映像として流れた。
病気がなくても毎年大量の犬猫が殺処分されている。
子供がそういう現実を見聞きすれば、むしろ疑問に思って当然ではないか。
「命の尊さって結局人間だけが尊いってことなの?」と。

■ 海外初上陸、新幹線 【5/27】

航空機の発達で鉄道は斜陽産業と考えられた時代もあった。
だが安全性や省エネ、環境にやさしいなどの優れた点も多く復権している。
超音速旅客機コンコルドが消える一方で、高速鉄道がブランドになってきた。

日本国内でも新幹線は特に地方の人にとって憧れのブランド。
そのブランド力は世界にも通用する。国内以上に羨望の的だと言っていい。
というのも高速鉄道は世界でも日本とフランス、ドイツにしかない。

中でも新幹線は最も歴史も長く、洗練されたシステム、技術体系だ。
どこかの国で高速鉄道の計画が決まると当然日仏独の受注合戦になる。
仏独は価格勝負、日本は技術力で勝負という戦略で火花を散らす。

韓国の新幹線では仏の攻勢に負けたが、台湾では日本が受注。
先日最初の車両が当地に到着、上陸した。
テレビで日本の新幹線を見て台湾の人たちは憧れを感じていたのだ。
価格が高く予算的に苦しいのを承知で日本を選択したという。

次は中国がどこを選択するかが最大の焦点だ。
中国の新幹線計画は韓国や台湾より当然規模が大きい。
仏独は当然大攻勢をかけているがはたして・・。

■ 管氏辞任で安心? 【5/19】

管直人氏が辞任して正直ほっとした。
前の衆議院選挙で見たくもない笑顔を見せつけられたからだ。
(テレビをつけていると突然出てくるから避けられない。)

参院選でまたやるかも知れないからだ。
よければいいのだが典型的な日本人型だからつらい。
それをどうだいい笑顔だろうと迫ってくる。

参院選ではまた低水準な笑顔のポスターが街に溢れるのが目に見えている。
憂鬱?な季節だ。支持者以外は誰も欲しがらないだろう。
これが日本の政治家の美意識の現実だ。

米国では1世紀前にすでに政治家の宣伝フィルムが作られている。
時の米大統領セオドワ・ルーズベルトは発明まもない映画を早くも利用した。
彼が上半身裸で薪割りをする姿であった。男の逞しさを演出したのだ。

あちらには笑顔で好感を得ようとなどと考える男の政治家がいるのだろうか。
もちろん日本の政治家があちらより劣るとは思わない。
あくまで自己表現、センス、美意識の問題だ。

小沢一郎氏も何度もCMに出演している。
だが管氏のような愚は犯していない。
自分の笑顔など魅力的な訳がないと自覚しているのか。

だとすれば知力、器で小沢氏の方が上だと感じる。
それは真実だから。しかし小沢氏も辞退してしまった。

■ 最近の女子アナ 【5/4】

当サイトも週刊誌に負けないくらい女子アナネタは多い。
(時代の顔でもあるので当然。)表情美モデルとしても一番多い。
だが今は特に注目する人はいない。

木左彩子アナのような日本人離れした人は見当たらない。
表情美の観点からは平凡な日本人型が多い。
もちろんいい人もいるが。例えばフジの石本沙織、TBSの久保田アナ。
(まだ他にもいるが全部は上げられない。)

女子アナのファンサイトも検索してみた。
結果は最も多い人で2〜3サイトという数だった。
(フジ高島アナ、数が曖昧なのは存在が確かでないので。)

複数あること自体多いのだが、露出度の高さからしたらその程度?。
単に露出度に比例している数というのが正直な実感だ。
もちろんファンが多いのは事実で価値を否定している訳ではない。

もしかしたら全体的にファンサイト自体減っているのかも知れない。
かつての人気アナのファンサイトも大抵休止か閉鎖しているようだ。
史上最も多かったのは久保純子アナで最盛期は片手にあまる数だった。
(筆者も後追いで知ったので正確には分からない。)

筆者はベテランになったとき魅力的でなければ本物でないと思っている。
当然新世代の人たちに今断定的なことは言えない。

■ イラク、日本人人質の顔 【4/21】

イラクの日本人人質事件は最良の結末だった。
そのかわり久々に日本人の顔が世界中に流れた。

日本のマスコミは日本人大リーガーを大々的に報道する。
でも本当に注目しているのは日本人と米国の野球ファンだけである。
世界全体では無名だと言っても過言ではない。

それよりも今回人質となった日本人の方がはるかに注目される。
全世界にアップでその顔が流れる。日本人の顔として。
本人の意思とは関係なく個人を超えて。

解放された女性はさすがにテレビ映りを気にしていた。
事件はともかくとして、彼女が志の高い人であることは間違いない。
平和ぼけ、欲ぼけの日本人が多い中で立派である。

ただ私利私欲を捨てると同時に、美意識も捨てていた?。
彼女にとってはおしゃれや女であることより慈善活動が大切だった?。
それが彼女の個性であり、人格である。

テレビはその人格までも映していた。彼女自身それを感じていた。
志の高い人なんだから女の部分も少し大切にして欲しいと思うのだが。
偉そうなこといって申し訳ないけど、それも教養の一つです。

■ CM登場、久保純子 【4/14】

NHKを離れた久保純子アナの民放初登場はCMだった。
一足先にCM出演していた木左彩子アナに続く登場だ。
というのも親友である両者は常に人生の歩調が合っている。

十代で留学していたのも同じ。
帰国子女の陥る苦悩も等しく共有していた。
アナになったのはもちろん、結婚も出産もほとんど同時期だった。

そして今度のCM出演だ。
録画した番組を見ていたら何と二人のCMが続いて流れていた。
運命共同体のような濃密で稀有な関係の両者なのだ。
(違うのは木左アナが今だフジテレビを退社していないこと。)

親友はタイプが違うことが多いが両者はよく似ている。
天真爛漫で明るいなど本質的な部分が。
体格までやや小柄で太めでないなど似ている。

実は表情の作り方もよく似ている。
木左は完全に日本人離れしているが久保も同じ要素を持つ。
子持の人妻になってもテレビ業界で存在感を見せる。
それ自体稀有な現象だ。

■ 当然の結果?曙戦 【4/1】

倒されはしなかったが2戦目も敗北に終った。
1戦目でも書いたがあの体でキックボクシング(K1)は無理だ。
ベアナックル(素手)時代のボクシングならともかく。
近代ボクシングは足がなくては勝てないのだ。

元横綱の名前を利用されているというのが筆者の正直な実感。
強いと思われていたプロレスも本当の実力が暴かれつつある。
相撲の技術はプロレスよりも他の格闘技に向いていない。

柔道から転向した小川や吉田のようにはいかないだろう。
何よりの証拠に体自体がまったく違う。
肥満していないボブ・サップですらミルコの一撃で顔面骨折している。
このまま続けるなら本人にとって不幸な結果しかないと思うのだが。

■ 身体美学の検索 【3/24】

顔と体の法則を統合して分かりやすく身体美学にしたのが2000年。
当時はGoogleで検索してもヒット数は70-80台くらいだった。
それもほとんど中国など日本以外の漢字文化圏のサイト。
あちらにはこの表現が元々存在していたらしい。

日本には当サイト以外に固有名詞としてはなかった。
熟語としてもほとんどなかった。少なくともGoogleでは。
だが最近はいくつか見つかるようになった。

特にSomaestheticsという新しい学問が身体美学と訳されている。
ただ日本が最初ではなく、上記の漢字文化圏のどこかが最初らしい。
登録商標ではないから問題ないが、混同されるのは少し困る。
こうなったら日本の身体美学は当美学、ということでいくしかない。

検索の過程でまた明らかなパクリが見つかった。
概論のある頁の文章をそっくり盗作していた。
その文章によって検索に引っかかったという訳。
検索エンジンの進化で盗作は簡単にばれる。絶対やめましょう。

■ 美談?連敗記録の馬 【2/13】

デビュー以来一度も勝てず、連敗を続ける競走馬が人気らしい。
負け続けてもめげずに走り続けるひたむきさが感動を呼ぶ?。
美談のように見えるが、本当は競走馬の悲しい現実の裏返しに過ぎない。

本来勝てない馬はほとんど食肉になる運命だからだ。
競争馬にとってレースはまさに命をかけた戦いなのだ。
食肉用に飼育される動物と違い、最初は大事に育てられる。
人との心の交流もある。だが勝てなければ食肉になる。

話題のヒロインはたまたま馬主が一般的な処置をとらなかった結果。
つまり食肉を免れたために生まれた連敗記録。
普通ならとっくの昔に肉になっている。

因みに馬は犬と同じくらい人と強い絆が生まれやすい動物だ。
例えば騎馬武者と馬の関係は、盲導犬と人との関係に近いと考えられる。
愛馬との感動的なドラマも世の中にはたくさんあるはずだ。

■ 中村修二氏、200億円判決 【2/7】

青色発光ダイオードの発明者、中村修二氏が勝ちとった金額だ。
(企業側が控訴しているのでまだ手にした訳ではないが。)
中村氏のここに至る過程を見るとまさに日本社会の縮図が浮かび上がる。

訴訟相手である企業に勤めていたときは個人的評価など皆無だった。
すべては米国の大学が氏を評価、教授に誘ったことから始まった。
それも複数以上の名門大学からだ。
氏は正当に評価される米国の方が仕事もできると米国に渡った。

するとそれまで皆無だった日本企業からの誘いが殺到。
それについて氏はこう断言している。
「日本は能力ではなく、ブランド(権威、肩書き)で評価が決まる。」
特に欧米で評価されると日本で評価されるより権威が上がる。

ノーベル賞受賞の田中氏もそれがなければ間違いなく無名で終っていた。
この現象はあらゆる分野に見られ、枚挙にいとまがない。
まさに日本人の、日本社会の特徴、本質の表れ。

与えられた仕事をこなす個人の平均的能力は極めて高い。
だが主体的に物事を判断する能力はまったく低い。
だから権威を基準に物事を判断するのだ。

横並び意識の強さも同根、皆と同じであれば間違いないと考える。
欧米にもアジアにも日本人のこの特質はとっくに見抜かれている。

■ ウィルスの逆襲? 【1/22】

専門家は以前から警鐘を鳴らしていた。
エイズなどの出現は環境破壊など文明的な活動がもたらしたと。
ウィルスの逆襲は自然からの警告だと。

エイズの撲滅もままならない人類の前に続々と逆襲?が起きている。
SARSの脅威も続く中、新たに鳥インフルエンザも登場。
直接の危険はないものの、コイヘルペスも猛威をふるっている。
コイをすべて処分するため最大の産地、霞ヶ浦の養殖業は事実上消える。

BSE(狂牛病)はウィルスではないが、未知の新しい病気である点は同じ。
食料である点も、人の体に入れば人を殺す点も同じだ。
生命の尊厳など無縁の扱いをしている点も同じ。

ウィルスは遺伝子に殻を被せただけという最も単純な構造を持つ。
つまり生命体としての最低限の機能器官を持っていない。
だから自力では生きることも増えることもできない。
宿主にとりついてその機能器官を利用して生命活動を始める。

つまり文明人が考えるところの、最も単純で下等な生物もどきなのだ。
それが宇宙開発を推進する高等?な人類の足元を脅かしている。
先の専門家はこう断言していた。
「ウィルスは数十億年の歴史を持つ。人類が勝てる訳がない。」

■ 陸上自衛隊出発 【1/17】

ついに自衛隊が戦場?へ赴く。
戦闘が目的ではないとはいへ、発足以来初の危険な任務だ。
十年前では考えられない歴史の転換点だと言える。

歴史と言えば自衛隊は、理想と現実のギャップを常に背負わされてきた。
占領軍の最高責任者マッカーサーは、徹底的に日本を骨抜きにしようとした。
二度と軍隊を持たせてはならないと、憲法にも非武装を盛り込んだ。

だが彼の理想、思惑は十年も持たなかった。
米ソの対立や朝鮮戦争の勃発など、早くも周辺の緊張が高まってきたからだ。
最低限度の軍事力の必要性を迫られたが、憲法の手前できない。
そこで警察予備隊なる姑息な体裁の組織にした。

しかし姑息なだけにすぐに無理が出て、名称を変えざるを得なくなった。
憲法の手前、軍隊とは言えないので自衛隊になったという訳だ。
軍隊ではないと言い張るために、専守防衛という理念も作られた。
自分からは攻撃しないが、攻撃されたら守るために戦う、という理屈だ。

軍隊だから憲法違反だという勢力から責められ、名誉を当たえられなかった。
世界一可哀相な軍隊だったと言える。
だが彼らを否定した勢力は衰退し、名誉を認められたかと思えば海外派兵だ。

つまり現実が自衛隊を必要とし、理想が彼らを否定した。
自衛隊の歴史を見ると常に理想は破綻し、現実に流れていることが分かる。

■ マイケル・ジャクソンの苦悩 【1/11】

マイケル・ジャクソンは当代を代表する芸能スターの一人。
性的虐待事件の真相はもちろん知る由もない。
ただ彼が人格を維持するのに苦悩していることは間違いない。

苦悩が異様な顔に表れている。
美容整形ももはや美を追究しているとは思えない。
正気を維持するのに汲々としているのかも知れない。

これはスターの宿命、成功が大きいほど比例して苦悩も大きくなる。
プレッシャーから逃れられなくなる。
人格を維持できなくなる場合も少なくない。
奇行に走ったり、健康を壊したり、最悪は命を維持できない。

 罪を犯した場合は償わなければならない。
しかしスターにあまり高い人格を期待することは意味がない。
人徳を身につけても、煌めきがなくなったらただの人。

芸術家とスターは娑婆の人間と同じ視点で見てはいけないのだ。
極論すれば破綻しない限り、狂気は正常の証しかも知れない。

■ 地盤沈下進む?紅白 【1/5】

大河ドラマに続き、紅白の視聴率も最低記録を更新。
NHKの看板とも言える番組の地盤沈下が進んでいるようだ。
時代、社会が変化し、娯楽も多様化している。

視聴率低下は当然の成り行きではないか。
むしろいつまでも変わらないとしたらその方が異常である。
時代の花は時代と共に必ずしぼむ。

兆候はいくつも見られる。
演歌、歌謡曲というかつて主流だった歌が衰退している。
だがその分野の人が今でも紅白の主役となっている。
さらに歌手の衣装が話題、見所となっていたりする。

それは音楽の本質とは何の関係もない。美の本質とも関係ない。
派手になるほど音楽から離れているとすら言える。
そこから感動など生まれるはずがない。

本物のドラマ、格闘技でも見ている方がスリリングだ。
それがはっきり視聴率に表れていた。

■ 曙戦は茶番?

格闘技の中で一番視聴率稼いだのは曙戦らしい。
でもはっきり言って芸術性がないのは、上記衣装の問題と同じ。
あの体では相撲以外の格闘技はできない。
体見ただけで分かりそうなもんだが。

結局視聴率稼ぐために仕組まれた茶番としかいいようがない。
茶番はもう一つあった。世紀の凡戦、猪木対アリ戦の再現だ。
かみ合わないのは分かっているのに、またやってくれた。
こういうことをやっているとテレビ自体から視聴者は離れていく。