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妖女伝説 川島芳子 *妖しい煌めきと狂気

彼女は清朝王族の王女の一人として生まれた。
だが幼くして清朝が崩壊、一家は北京を逐われる。
父、粛親王は近代化していた日本に娘を託す。
信頼する日本の国士、川島浪速の養女として。

娘は幼くしてすでに強い個性を発揮していた。
父は王子たちより彼女に将来性を見ていたらしい。
こうして日本人、川島芳子の数奇な運命が始まる。

昭和初期、大陸に青年がロマンを抱いた時代。
成長した芳子は清朝再興の夢を胸に大陸に渡る。
ときに軍服に身を包み、軍馬で荒野を駆ける。

軍閥や馬賊、匪賊が群雄割拠する中を。
男でも危険な地で神出鬼没の若き王女。
劇的な舞台に、劇的なヒロインの出現だった。

しかしやがて夢は無残に潰えていく。
そして銃殺刑という壮絶な最後。
悲劇のヒロイン?の実像は想像を絶する。

数年前にテレビ番組で彼女を特集していた。
(日本テレビの「知ってるつもり」)
番組の基調は悲劇のヒロイン風だった。
悪い日本軍に利用されたあげく見捨てられたと。
ゲストの某女優は「許せない!」と怒っていた。

だが芳子を知る人が見たらいうだろう。
「悪い冗談はやめてくれ。」
右翼のドン笹川良一の評も「怖い感じの女」。
こちらの方が実像を物語っている。

確かに日本軍に利用されたのは事実。
しかし一方的に利用された訳ではない。
日本軍に依存し利用したのはむしろ芳子の方だ。
彼女は天衣無縫、人を恐れず男にも奔放だった。

男装し、宝塚の男役のように男言葉を使う。
男として生きようとしたかごとく。
駄目な男は眼中にないが力のある男だと一変。
雌猫のように女を武器にした。
激しい一面見せたかと思えば気まぐれに甘える。

男は翻弄されながらも妖しい魅力に惹かれる。
最初の結婚では相手に失望、一方的に見捨てた。
小柄だが妖しい色香に満ちていたという証言もある。
どこまで真実なのかは確かめようがないが。

映画「ラストエンペラー」にも芳子は登場する。
皇帝溥儀の正室とレズシーンを展開する。
正室が寝室のベッドでアヘンを吸っている。
そこに男装した芳子が入ってくる。
ラリッて宙を見つめる正室の足をなめ始める。
これはベルトリッチ監督の創作であろう。

関東軍の有力な軍人には子猫のようにすり寄った。
将校はもとより上は将官クラスまで。
実際何らかの関わりを持った軍人は少なくない。
ときに愛人関係にもなり、関東軍とコネを深めた。
泣く子も黙る関東軍の威光をバックにつけた。

だがやがて先行きに限界が見えてくる。
存在感が色あせてくると狂気が露になっていく。
大平洋戦争が始まる頃にはすっかり夢も遠のく。
年齢も中年にさしかかっていた。

夢を諦めたのか若い男を漁るようになる。
自分にふさわしい華のある俳優などを。
断ったら何をされるか分からない。
目をつけられた男は恐怖におののいたという。

大戦が終結すると一切の後ろ盾を失う。
さらにスパイ容疑で国民党政府に逮捕される。
日本軍と手を結び、協力したという罪だ。
国籍は日本だが認められず最後は銃殺刑。
東洋のマタハリと言われる所以だ。

芳子の魅力の正体とは?

マタ・ハリは美貌と肉体美を持っていた。
男装の麗人と言われた芳子はどうか。
男装の写真を見ても小柄で華奢。
肉感的な存在感は感じられない。
マタ・ハリのような肉感的衣装の画像もない。

肉体美の持ち主だったとは考えにくい。
いわれる色香は抽象的観念と思われる。
雰囲気として色気はあったというところか。
今風にいえばフェロモンだろうか。

男装がかえって女を目立たせたかも知れない。
女装では特に際立つ人ではなかったと思われる。
舞台が女を際だたせている可能性も考えられる。
東洋では色気と肉体美が必ずしも一致しない。
セクシーと色気は同義とは限らない。

正気と狂気が同居?

ジャンヌ・ダルクやエカテリーナ女帝の再来。
芳子はそのイメージを自分に重ねていた?。
軍馬にまたがり、手兵を率いたのは前者の姿。
男たちを愛人にし手なずけようとしたのは後者。
結果的に実現したのは前者と同じ処刑死だけ。

悲しい運命だが単なる悲劇では説明がつかない。
いったい正気なのか狂気なのか。
男勝りなのか女っぽいのか常人の頭を混乱させる。
夢が破れた後側にいた人物の証言がある。
最後はペットの猿だけに心を許していたという。
この証言だと「知ってるつもり」の芳子像になる。

だが甘い気分が吹き飛ぶ正反対の話もある。
若い頃拾った子猫を海に投げ込んで殺している。
証言とまったく結びつかない。
夢を失い逆に優しくなったのだろうか。

救いを感じさせるのは処刑に臨む彼女の態度。
きわめて潔よく立派だったと言われている。
女は生に執着が強くあがくことが多いという。
清朝の王女としての誇りを守ろうとしたのか。

処刑後にも伝説。
遺体は写真で公開されたが銃弾で顔が損傷。
本人と確認できないため生存説が長く噂された。
死してなお人を幻惑するのはいかにも芳子らしい。

付録

満映のスター女優、李香蘭は芳子と正反対。
(後の参議院議員山口淑子)
中国人が日本人として活動した芳子。
日本人が中国人として活躍した李香蘭。

芳子同様日本に協力した罪で逮捕される。
たが日本人である事を認められ命拾い。
似た運命の両者にはさらに奇遇な接点があった。

芳子が十代の頃、初めて恋した青年将校がいた。
さすがにまだ純真な乙女だったのか。
彼は後に満州で李香蘭のよき支援者となっていた。
親しかった事情通の中国人が彼に忠告した。

「初恋の人は女にとって特別、気をつけろ。」
嫉妬に狂うと何をするか分からないからと。
かつて恋い焦がれた人と親密なのは許せない?。

現実に悲惨な運命が待っていた。
不明瞭な容疑で軍法会議にかけかれ有罪。
有能な将校が怪しげな罪状で裁かれ獄につく。
きっかけは愛人の密告だが、真相は薮の中だ。

彼は終戦から数年後日本で自殺している。
山口淑子宛の遺書を残して。

怪奇な伝説はまだある。
彼は満州時代にある中国人から予言されていた。
女が原因で自殺し死体は犬に食い荒らされると。
彼の死体は山の中で発見された。
首が野犬に食いちぎられていたという。