身体美学身体雑学

カール・ルイス *五輪の申し子

陸上短距離は男女共肉体美の選手が多い。
筋肉が発達しやすい種目であることが一つ。
さらに筋力トレーニングで鍛えるからだ。

だがルイスの体はスリムだった。
筋トレを取り入れない主義だった。
(末期には衰えを防ぐために導入。)
ナチュラルな筋肉が彼の思想だった。

実際スリムな肉体は美しく力強く躍動した。
彼が最も愛した得意種目は走り幅跳び。
そのフォームは美しさでも随一だった。

ナチュラルな体ではルイスに勝てない。
カナダのベン・ジョンソンはそう確信した。
ロス五輪でルイスに圧倒され銅メダルだった。

彼は成功を夢見て中米から移住してきた。
貧しい境遇から抜け出すために。
恵まれた環境で育ったルイスとは対照的。

しかし絶望的な壁が突きつけられた。
ルイスを破らないと富も名声も得られない。
以後「打倒ルイス」にすべての情熱が注がれた。
やがて筋肉の鎧をつけた体でルイスの前に立つ。
自然な肉体とあたかもサイボーグの対決だった。

ベンは勝ったが違反が発覚して結局すべてを失う。
最悪の形で人生に敗れた。
ルイスに勝つためには他に選択肢がなかった。
最大の悲劇はルイスと同時代に生まれたことだ。

だがベンだけではない。
マイク・パウエルも同じ理由で悲劇の名選手。
彼は幅跳び専門だがルイスにどうしても勝てない。
相手はトラック種目と掛け持ちにもかかわらず。
彼もまた意地と名誉にかけて打倒ルイスに燃える。

そしてついに正真正銘の勝利者となる。
舞台は世界陸上東京大会。
彼はルイスと世紀の名勝負を演じる。

幅跳びの世界記録は空気抵抗の薄い高地での記録。
三十年以上破られず、平地では更新不可能と思われた。
ルイスはパウエルとの対決で不滅の記録を超えた。
ルイスの勝利が決まったかに見えた。
だがパウエルは最後にそれを上回る世界記録出した。

偉大な記録保持者として歴史に名を刻んだ。
しかしこの偉業で運と力を使い果たしてしまった。
再びルイスに勝つことはなかった。
ルイスは五輪で勝ち続け、四連覇の偉業を果たす。

アトランタ五輪が最後にして最大のチャンスだった。
衰えの目立つルイスは何とか幅跳びだけ出場権を得た。
もはやルイスの時代は終わったと思われた。

だが本番になると最後の輝き放つかのように復活。
早々と好記録を出し、パウエルにプレッシャー与える。
動揺した彼は足首を痛めてしまう。

絶望的な最後の跳躍は跳べないまま砂に突っ伏した。
そのまま辺りに響くような嗚咽を洩らしていた。
偉大な記録保持者は結局五輪王者にはなれず。
二つの悲劇はいずれもルイスの偉大さを示している。

ドーピングとルイス

一方ルイスは強さ故にドーピングを疑われた。
嫌疑が晴れても自尊心は傷つけられた。
以後自らその汚染について調査。
実態を把握するととも浄化を希求した。
本当に競技を愛していたからではないか。

予想以上に蔓延していた。
実はベンがやっていることも突き止めていた。
ソウル五輪での対決で勝ったベンに握手を求めた。
もちろん本当に祝福する気などあるはずがない。

「汚い手を使って勝った気分はどうだい。」
という皮肉が込められていた。
神に対し何のやましさもなくベストを尽くした。
負けても晴れやかな気分だったという。

実はベンばかりではない。
同じソウル五輪のヒロインも実は同じ。
フロレンス・ジョイナーもクロと確信していた。
彼女の出る競技会には出ないと公言していた。

同五輪のドーピング発覚はベン以外にもいた。
だがベンだけが貧乏くじを引かされた。
大会の主役を総崩れにはしたくないという配慮?。
という説があるが真相は薮の中だ。

筆者もルイスがの見解が正しいと思っている。
ジョイナーには不可解なことが多すぎる。
五輪直後に突然引退、三十代で急死、死因も不明。

何よりもときが真実を物語っている。
記録は破られるためにある。
ベンの抹消された記録もすでに破られている。
走り幅跳びの大記録も、高地という特殊要因故。
しかしそれすらも三十余年で破られた。

年月を経ても誰も近づけない記録は異常。
人間業ではないことになる。
ジョイナーの記録はすでに異常さを示している。
現在のトップ選手達ともかけ離れている。

選手達は誰もその記録を信じていないだろう。
ジョイナー自身安らかに眠れないのではないか。
歴史から抹消してあげるのが一番幸せなのでは。

結局ルイスが時代の栄光を独り占めした観がある。
彼にはそれにふさわしい精神と美学があった。